#21 私もこれがすてきな話とは思いません

 そしてなんやかんやあって私たちはきらら酒を堪能し、それぞれがそれぞれのやり方で酔っ払った。


「ろっぱらってねーよばーろー」

「お、フェっちゃんのろっぱらってねーよばーろーが出たね。これもまたかわいいんだ」

「あなた、私の娘に何飲ませたんですか」

「だからきらら酒ですよ。ほら、ラベルで女の子たちが手をつないでジャンプしてるでしょう? 彼女たち、永遠に着地できないんですよ」

「ああ、きららジャンプというわけですね。私も若いころはきららにお世話になったものですよ。けいおん、ごちうさ、がっこうぐらし、まちカドまぞく、ぼっちざろっく……」

「若いころって、ずいぶん最近のもチェックしているようですが」

「しかし意外と辛口ですね」

「ええ。気づきましたか? 彼女たちはがっこうぐらしからのスピンオフなんです。かわいい外見と裏腹にハードな世界観ですから」

「なるほど」

「きららとかわたしわかんないからもっと死にゲーの話しようよう。ラムラーナやった? フェノトピアは?」

「あれ? フェっちゃん、さっきなんか言ってなかったっけ?」

「だからわたしのママの話が聞きたいって言ってたんだよう。なにさ、みんなきららとか死にゲーとかってわたしのママのことなんてどうでもいいんだ家出する」

「家出……。フェっちゃん、ここを自分の家だと思ってくれてるんだね」

「ばーろー! お前はもっと自分に自信を持て!」

「いやあ」

「ばーろー! 返事はイエスかノーだ!」

「イエス!」

「よし!」

「ははは。ママもフェリーツェみたいに酒癖の悪い人だったよ」

「パパはやっぱり最強だよね。酔っても乱れない。なに? いまの“ははは”って。こういうダンディーな笑い方おじさんにできる?」

「はは……」

「笑いが乾いてんだよばーろー!」

「そう、その“ばーろー”は酔ったママの口癖だったよ」

「まじで」

「クライアントを屠った晩、私とママはふたりきりで打ち上げをした。例の“インド”でね。マトンカレーとチーズナン、そしてタンドリーチキン。お酒はなぜかタイのシンハビールだった。度数が低いし、真夏だったからふたりともガブガブ飲んだよ。車で来てたけど帰りは代行を頼むことにして、心置きなくわれわれは酔いに酔った。酔っ払った彼女は私をさんざんなじったよ」

「なんで?」

「私が彼女を殺せなかったから。言われたこと、一語一句覚えているよ。あんたはギャング失格だ。わたしはクライアントから依頼されればどんな人形だってつくる。四つ足のミュータント人形をつくったこともあるし、顔が半分つぶれた傷痍軍人の人形をつくったこともある。でもわたしは自分の仕事に誇りをもっているし、自分がつくったすべての人形を愛している。てめえはなんだばーろー。わたしなんかに一目惚れしやがって軟弱者が。おい女将、このシンハってすげえな。ガブガブ飲めるぜ。じゃんじゃんもってこい。なにい? ろっぱらってねーよばーろー。わたしは自分が何言ってるかわかってんだよ。わたしはプロなんだよ……」

「ママがいる!」

「こりゃすごい、まるでイタコみたいだ。面白い酔い方をするんですね」

「ああ、私はイタコ上戸なのですよ」

「わたしは泣き上戸だよ! ねえ、つづきを早く聞かせて!」

「さんざんなじったあと、彼女は私にシンハビールの王冠をくれた。なんですか? これを指にはめろ! 指にはめるって、穴が空いてないですよ。じゃあ開ければいいだろばーろー! ピストル持ってんだろ? ピストルだと粉になりますよ。そこをなんとかするんだよばーろー! やれやれ、しかたない。じゃあ千枚通しで開けてみます。いろいろ持ってんだなてめえ。プロですから。でも、指のサイズにまで広げるのは難儀そうだ。それは婚約指輪だよ。え? それは婚約指輪だって言ったんだよ! なんとかしてそいつに穴空けて指にはめてみやがれこんちくしょうッ! 婚約指輪? じゃあ、あともうひとつ必要じゃないですか。そうだよ! やれやれ。たしか車のトランクに電動ドリルがあったはずだから持ってきます。なんでも持ってるんだな。プロですから。しかし、王冠なんかでいいんですか? 今から指輪買いに行きませんか? そんなヒマはねえ! わたしの気持ちが今高鳴ってるんだよ! お前はちがうのか? わたしと結婚したくないのか? 結婚したいです。じゃあがんばって穴空けろ! 今、この場で!!」

「すてき……」

「え? 今のはそんなにすてきじゃないけど、おじさんの脳どうなってんの?」

「すてきな話だよ。大人になればフェっちゃんにもわかるよ」

「私もこれがすてきな話とは思いません」

「いやあ」

「彼女の言うように、私は彼女と結婚したかった。なにしろ自分の職業倫理とひきかえに助けた女性です。ただの親切で助けたわけではありません。あの目で打ち抜かれてからというものの、私は完全に恋に落ちていた。しかしムードというものがあるでしょう。もう少し恋の駆け引きをつづけたのち、互いの気持ちがキュンキュンのマックスに達したあたりで結婚話を持ち出したかった。しかし時すでに遅し。私は電動ドリルで2枚の王冠にひとつずつ穴を空けた。インドの店内にモーター音が響き渡り、いつもは愛想の良い女将でさえ苦い顔をしていました。ケガするといけないのでヤスリで開口部を研ごうとしましたが、そんなのは必要ないと彼女に止められました。わたしの指を見ろ! どうだ。傷だらけのタコだらけだろう。わたしの指は人形づくりで鍛えられてるんだ。お前の指だってギャング稼業で鍛えられてるんだろう? まあ、一般人よりは皮が厚いと思いますが。じゃあこのままハメるぞ! ハメろ! いや、もっとロマンチックな言い方というものが……。ロマンチック? ばばばばばばばばバッケロー!!! ババッケロー? そういうのはいいんだよ! ロマンとか! メルヘンとか! そういうのは、わたしは人形に託してるんだよ! わたしはそういう女じゃないんだよ……。でも、一生に一度のことですよ? うるせえ! ほら、指出せ! よし! ははっ。サイズぴったりだな! やれやれ。じゃあ、あなたも指を出してください。おうよ! はめますよ? はめたらそのあとキスしますよ? 大切な儀式ですから。ばばばばばばばばばばばっばばばばばっっばbッバッカエロー!! バッカエロー? わたしはキスとかそういうのはまだ早いんだよ! チョトお客さんタチ! 店の中でイチャつくはコマルます! あ、すみません」

「ようするにママはうぶなツンデレ娘だったわけだね?」

「イグザクトリー。フェリーツェはママのツン成分を主に受け継いだようだ。デレ成分はあんまりないよね?」

「ないねえ」

「でも、フェっちゃんはパパさんにデレてない?」

「おじさんはツンデレをわかってないね。これはデレじゃなくてリスペクトだよ。でも、ママが生きてたら楽しかったろうな。パパのイタコ能力のおかげで、まるでママと一緒にシンハビール飲んでるみたい」

「彼女にはなじられてばかりだったけど、それはそれで幸せな時間だった。フェリーツェのお人形、あれはママが最後につくった作品なんだよ」

「そうなの?」

「すでに死期を悟っていた彼女のすべてが込められた作品だ。私は見たことないけど、たぶん、ママに似てるんじゃないかな?」

「ママの写真ってないの? お人形をもらったときわたし小さかったから、あんまり顔覚えてないんだ。お人形を人に見せてはいけないよ、って声だけ覚えてる」

「写真はないよ。一枚もね。ギャングの家族になる以上、個人情報は極力消去しなければならない。でも、フェリーツェはママに似てるよ。今は目しか似てないけど、これからどんどん似てくると思う。そうしたら、自分の顔とお人形の顔を見比べてごらん。きっと瓜二つだから」

「でも、あの子はいなくなっちゃったから……」

「だから死にゲーにしたんだろう? 苦難の道でも、お人形はきっとお前にまた会いに来てくれるよ」

「そうかな」

「そうさ。だって、ママがつくったお人形なんだから」

「ママ……」

「おや、フェっちゃんはそろそろおねむかな?」

「おねむじゃねーよばーろー。わたしはおじさんに新しい脳をプレゼントするんだよう脳……」

「おや、もうこんな時間か。それでは私はそろそろおいとまします」

「もうですか? まだお吸い物もケーキも出してませんよ」

「ではお吸い物だけいただきます。明日も仕事なので、肝臓のアルコールを洗い流しておかなくては」

「ここに泊まっても構いませんよ。私はコタツで寝ます」

「ありがとうございます。しかし、実は今日中に返信しなければならないメールが何通もあるのです。ギャングのボスは多忙なのですよ。あなたには感謝しています。フェリーツェがこんなに楽しそうに過ごしているのは久しぶりに見ました。父子打ち解けて、ずっと言えなかった昔話も聞かせてやることができました」

「そうだったんですか」

「ふだんはこんなに甘えてくれないんです。私がいつも仕事に追われているので、気を遣ってくれていたのかもしれません。フェリーツェのこと、これからもよろしくお願いします」

「お酒を飲ませてもいいですか?」

「仕方ありませんね。じゃあ月1くらいなら」

「わかりました」

「そして、月1でこうしてまた集まりましょう」

「唐揚げたくさんつくってお待ちしてます」


 フェっちゃんのパパはコバヤシの車で送られていった。私は寝落ちしたフェっちゃんをベッドに寝かせて、ひとりでパーティーの後片付けをした。寝る前にふとフカフカの水槽を覗いてみると、相変わらず砂の中にもぐっていて姿が見えなかったが、昼間見たときよりも少し砂がかきまぜられているように見えた。フカフカはフカフカなりにテンション高めだったのかもしれない。

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