#16 ダメなんてフレッシュプリキュア5000回観てから言え!
シェアの件はフェっちゃんに話しあぐねていた。パパに相談せず勝手に言ってしまっていいものか。自分で何かを決めてあとで嫌っていうほど怒られるのは私のいわば「鉄板」だ。そうだ、今夜は「鉄板」焼きにしよう。それで私はスーパーでネタをたっぷり買い求め部屋に戻ったが、マイバッグの中身を見たフェっちゃんに「お好み焼きだね」と言われた。
「お好み焼きと鉄板焼きはちがうの?」
「ちがわないよ。大丈夫。この界隈ではお好み焼きも鉄板焼きも同じことにするから。わたしが許可を出すよ」
「ちゃんちゃん焼きでもいいかなと思ったんだけど」
「わかったわかった。お好み焼きも鉄板焼きもちゃんちゃん焼きも同じことにするから。この界隈を取り仕切るわたしが許可するよ」
「今日はやさしいね」
「やさしいよ。わたしはいつもやさしいよ?」
「頭なでていい?」
「いいかげん学習しろよなバチカンのバカチン」
「今日、フェっちゃんのパパと話し合ってね……」
「もう遅いし、その話はご飯食べながらにしない? どこで道草食ってたの?」
「バス間違えちゃって」
「ドンマイ脳」
「今日はやさしいね」
「わたしはいつもやさしいよ?」
「頭なでていい?」
「わかったわかった。その件は鉄板焼きを食べながら話そうぜ脳みそ露出狂」
「う」
「う?」
「なんでもない」
「脳が頭蓋骨からはみ出たのかな?」
ちゃんちゃん焼きのネタの準備が終わると、わたしはコタツの上にホットプレートを置きスイッチを入れた。ブレーカーは落ちなかった。第一関門突破というわけで、われわれはいやがおうにも盛り上がったわけだ。
「“いやがおう”って嫌な王さま?」
「そんな言葉があった気がするから言ってみただけ」
「わたしそんなに盛り上がってないよ」
「ここコンセント少ないからさ」
「ほらほら、あったまってきたからちゃっちゃとちゃんちゃん焼き作ってよ」
「ちゃんちゃんちゃん」
「ちゃんちゃん言えばちゃんちゃん焼きになると思ってるかわいそうな脳なんだね」
「このホットプレートはフェっちゃんと暮らすようになってから買ったものだった。ひとり暮らしのときはこんなもの必要なかった。彼女の存在が私の生活を大きく変えたのだ。ちょっと油引いてもらえる?」
「はいーん」
「え? なんでインド語?」
「インド語じゃないよ。これくらいでいい?」
「あーりやとやーっしたー」
「おじさんまた脳がやばくなったの?」
「インド語だってば。そーーーーれ、ちゃん! ちゃん! ちゃん! ちゃーんッ!!!」
「やっぱりお好み焼きだねえ」
とろーりお好み焼きの原液がホットプレートの上に注がれ、まっ黒な平面世界にふたつの白いお月様ができた。フェっちゃんがおおーっと歓声をあげ、「これがわたしのね」と指さしたお月様を飽きることなくじっと見つめつづけているのが天使だった。
「お好み焼きは初めて?」
「うん。テレビでは見たことあるけど。パパとの食事は洋食ばかりだから」
「パパさん、いい人だよね」
「わたしのパパだから当然」
「パパさんと友だちになったよ」
「そう」
「友だちなんてできたことないから、どうすればいいのかよくわからない」
「わたしもわかんない。友だちなんかいたことないから」
「どうしよう?」
「ひっくり返せばいいんじゃない?」
「友だちなのに?」
「ほら、ぷくぷく言ってるから早く」
「あ、ほんとだ。私はへらで二枚のお好み焼きをくるんとひっくり返した」
「くるん、っていうか、どさっ、だよね」
「着地はそんなもんだよ」
「贈り物すればいいんじゃないかな。相手がほしいものをあげたら好感度が上がるよ。こまめに話しかけるのもいいけど、話しかけすぎるとストーカー状態になってステータスウィンドウが黒っぽくなるからやだよね。それより一撃必殺で相手が本当にほしいものをあげた方がいいよ」
「唐揚げかな」
「唐揚げをあげるの?」
「唐揚げだからあげなきゃ」
「パパは唐揚げ好きかなあ」
「そう言ってたよ」
「ほんとう?」
「うん」
「知らなかった。パパが唐揚げ好きだなんて……」
「娘なのに父の好物を知らなかったことにフェっちゃんは明らかに動揺していた。フェっちゃんがこういう反応をするのは初めてで、動揺した顔もかわいいな、と私は思った。そうこうしている間にも部屋にはちゃんちゃん焼きの焼けるほんわかした匂いが立ちこめていて、私たちのおなかはぐうと鳴った」
「ソースソース」
「ガッテンだ」
「マヨネーズマヨネーズ」
「承知の助」
「かつぶしかつぶし」
「はいーん」
「インドインド」
「こっぷんかー」
「よし、完成だぜ!」
「あれ、これからどうすればいいんだっけ?」
「お皿と割り箸だろ脳みそ垂れ蔵!」
「はいーん」
鉄板焼きに合うお酒はありませんかとスーパーで自問すると、それなら日本酒などいかがでしょう、最近は若い女性にも飲みやすいフルーティな日本酒がそろっているんですよ、と自答があり、カラフルな髪の4人の女の子たちが手をつないでジャンプしてるラベルの小瓶を買い物籠に入れた。日本酒の名前は「異世界転生したら日本酒ラベルの中で私たちは永遠にきららジャンプしてる地獄のような青春」だった。
「ま、一献どうぞ」
「なにこれ。水?」
「日本酒」
「わたし未成年だよ?」
「25歳じゃなかったっけ?」
「あ、そうだった。じゃあ飲んでいいのか。かんぱーい」
「かんぱーい」
「あ、おいしい」
「飲みやすいよね」
「ちゃんちゃん焼きもおいしい。これ、チーズ入ってるの?」
「うん。あと、フェっちゃんのにはベーコンも入ってる」
「ほんとだ。おじさんのには?」
「コーンが入ってる」
「ちょっとシェアしてみよっか」
「どうぞどうぞ、コーンです」
「はいはい、ベーコンです」
「あ、ベーコンしょっぱくておいしい」
「コーンも意外と合うね。鉄板焼き最高。お酒も合うし。明日もこれにしようよ」
「毎日食べると飽きるよ」
「飽きるまで食べるの」
「最近やっとキムチ鍋ブームが収まってきたのに」
「ねえ、次の焼かないでいいの?」
「あ、忘れてた。またチーズ入れる?」
「うい」
「ところで今日、フェっちゃんのパパと話し合ってね」
「友だちになったんでしょ?」
「そうなんだけど、ゆくゆくはふたりでフェっちゃんをシェアしようかという話になったんだ」
「なにそれ」
「フェっちゃんが今食べてるお好み焼きを取られたら嫌でしょう?」
「撃ち殺すと思う」
「だけどシェアするのはそんなに嫌じゃないよね」
「シェアは好き」
「フェっちゃんのパパも、フェっちゃんを取られるのは嫌だけど、シェアするのならいいみたいなこと言ってた」
「そう決まったの?」
「いや……。たぶん決まってないと思う。あれ? どうだったかな。シェアの話をしてたはずなのに、なんで友だちになったんだっけ……」
「だから、シェアするのならまずは友だちから始めましょうってことじゃないの?」
「フェっちゃんと友だちになるってこと?」
「おいおいおいおいお前さんの脳はどうなってるんだい。パパと友だちになったんだろうがよ」
「あ、そうか」
「で、友だちのいないおじさんはどうしたらいいかわからなくて、今度唐揚げをパパにあげることになったんでしょ?」
「そうかそうか。そういうストーリーになっていたのか」
「なあにがストーリーだよコン畜生! カタカナ使えば有能だと思ってんのかよビジネスパースン。もしもし、ソリューションですかぁ? はいわたくしエスディージーズと申しますぅ。チワー、レジリエンス100ケースお持ちしましたぁ。インタラクティブダッシュボードですねぇ? それならあそこに見えるタックスヘイブンの裏にありますぅ。おいおいおいおいおいおいおいおい。ひらがなはどこに行ったんだよッ! ドンッ! ひらがなを返せよッ! ドンッ!」
「顔真っ赤だよ。酔っ払ってる?」
「わたしをシェアするだあ? こいつもカタカナかよ。シェアされるちゃんちゃん焼きの身にもなってみろってんだよ大人はみんな汚い」
「シェアされるの嫌?」
「そんなに嫌じゃないけど」
「じゃあ、その方向性でいかがでしょうか」
「どの方向性だよ。あのなあ、物事には手続きというものがありましてね。すべて手続き。生まれてから死ぬまで全部手続きなわけさ。シェアするんならまずはシェア式の日取りを決めないといけないだろう?」
「シェア式?」
「役所への届けはいらないと思う。パパはだいたい顔パスだから」
「顔見せてくれなかったよ」
「顔見せないと顔パスできないわけじゃないよ。本当の顔パスは顔もパスなんだよ」
「次のちゃんちゃん焼きが焼けたよ」
「ああ。おっ、俺のきらら酒がもう空じゃねえか。注げよ」
「ととと」
「ばーろー。とととって言うのは俺の方だよ」
「ごめんごめん」
「ところでおじさん小説書いてる?」
「小説はフェっちゃんが死にゲーにしたじゃない」
「でもおじさんから小説を取ったら何も残らないよね」
「それをわかっていて死にゲーにしたんじゃないの?」
「小説を捨てるの?」
「フェっちゃんのパパになれたら何もいらないよ」
「公園でわたしが落ち込んでたとき、おじさんが声をかけてくれた。あのときからすべては始まったんだよ。あのときおじさんは何がしたかったの?」
「何がって……。かわいい女の子がいたから娘にしようと思って」
「それはもっと先の話でしょう? 最初はわたしに電話番号教えるのも嫌がったじゃない」
「そうだっけ?」
「前に言ってたよね。おじさんは公園でわたしを見てインスピがあったって。おじさんがしたかったのは小説を書くことじゃなかったの? ひっく」
「泣いてるの?」
「泣いてねーよばーろー。ひっく」
「酔っ払ってるの?」
「ろっぱらっれねーよばーろー。わたしが言いたいのはだなあ、わたしにはパパはもういるってこと。パパはひとりいれば十分。でも小説家はひとりもいない」
「小説家はひとりもいない」
「そうさ。わたしに言わせればこの世界に小説家なんてひとりもいない。だからおじさんはわたしのために世界でたったひとりの小説家になってよ。パパになんてならないでいいから。それにおじさんは全ステータスでわたしのパパより下なんだから、下位互換のパパなんていらないよ」
「でもフェっちゃんのパパになりたいんだけど……」
「人はなりたいものに決してなれない生きものである。おじさんの小説の言葉だよ」
「そうだっけ?」
「でも人は、誰かのためになら何者かになることができる。ウルトラマンもフレッシュプリキュアも、本人たちはなりたくてなってるんじゃない」
「フレッシュプリキュア?」
「知らないよ。おじさんの小説の言葉だから。おじさんはわたしのためなら何にでもなれるよ。小説家にだって、フレッシュプリキュアにだってね」
「でも小説は死にゲーになっちゃったからもうダメだよ」
「ダメなんてフレッシュプリキュア5000回観てから言え! 死にゲーにしたからって小説が終わったわけじゃないんだよ。死にゲーの主人公は何度だって生き返る。ベンチの上で目を覚まして、ああ、わたしはまた死んだ夢を見ていたようだ、なんてね。そして立ち上がり、再び死にに行くの。わたしのお人形は死にゲーの中で何回死んだ?」
「もう100回以上死んだよ。いまだに中国の要塞都市から出られてない」
「あそこトラップ作りすぎたからね」
「あと、馬に乗って矢を撃ってくる奴がうざすぎるよね。連発してくるし、馬が蹴ってくるし」
「だからって放り投げていいことにはならないよね? あの子は死にゲーをクリアして、わたしと再会するハッピーエンドを迎えないとならないんだよ。そういう小説を、わたしはおじさんに書いてほしいの」
「いやあ」
「やれやれ。せっかくの鉄板焼きが冷めちゃったじゃねえか。レンジであっためてきてくれる?」
「はいーん」
「返事ははい!」
「はい!」
「進捗はまた今度聞かせてもらうよ。そろそろあの子には中国を脱出してもらわないとね」
「はい!」
「今のははいーんでいいんだよ!」
「はいーん」
「よし! いい返事だ!」
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