#08 まず小説を死にゲーにしてみようよ
トーストとベーコンエッグをつくり、フェっちゃんにはホットミルクを、私にはホットコーヒーを、それからデザートに小さなイチゴをひとり5粒ずつ用意した。水槽のなかのわたしはヒーターでぬくぬくして砂の斜面にもたれながら居眠りしていた。朝の穏やかな時間。私の役割はその時間を一分一秒でも長持ちさせることで、フェっちゃんの遊びはその時間をかき混ぜ対流させることだ。
フェっちゃんはトーストにベーコンエッグを載せて端の方にかじりつき、じりじりと侵攻を進め黄身まで到達すると、信じられないほどの大きな口を開けて黄身をこの世からガオンと消滅させた。半熟の卵液は一滴たりともこぼれ落ちなかった。名人芸だ。私も真似してみたがふだん人と話さないせいか口があまり開かず、前歯が黄身にもろに当たって卵液がぼたぼたこぼれ落ちた。
「だめだねえ」
「人生が?」
「そう、人生がね。わたしもコーヒー飲んでいい?」
「勝手に入れてきて」
「コーヒー牛乳にしようっと」
「あと、冷蔵庫にイチゴあるからおかわりしていいよ」
「今日は気前いいね」
「フェっちゃんのこと、だいぶわかってきたから」
「わたしはおじさんのこと、最初からぜんぶわかってたよ」
「ぜんぶって?」
「隠しごとへただから」
「ねえ、ぜんぶって?」
フェっちゃんは答えず、イチゴを求めてとてとてとてとて台所へ走って行って、とてとてとてとてイチゴを持って戻ってきたが「あ、コーヒー牛乳忘れた」とまたとてとてとてとて取りに行き、そしてなみなみにコーヒー牛乳の入ったマグカップを両手で抱えるようにそろそろそろそろ戻ってきた。
「わたしがシステムを担当するから、おじさんはストーリーをつくって。文体はいらないから窓の外に捨てちゃってね」
「何の話?」
「あ
「あ、小説の話?」
「ゲームの話だよ。小説はやめてゲームにするんでしょ?」
「文体は捨てられないよ。作家の命だから」
「なにごとも一度命を捨てた方が良くなると思うよ。そうだ、まず小説を死にゲーにしてみようよ!」
「死にゲーって?」
「ねえ、どんなストーリーがあるの?」
「フェっちゃんに前に見せた小説はどうかな。外国に旅行に行ってるお人形のお話」
「なんかパンチが足りないよね」
「死にゲーって? あのお人形が死ぬの?」
「火の鳥だって火の鳥は死ぬよ」
「火の鳥の主人公は火の鳥じゃなくてガオウじゃないの?」
「ガオン?」
「お人形の名前は?」
「ガオン?」
「ガオン?」
「フェリーツェ」
「それはフェっちゃんの名前でしょ」
「わたしはあの子の名前と同じなの」
「ああそういう」
「そういう」
「わかった。フェリーツェを主人公にして死にゲーつくってみるよ」
「武器はどうするの?」
「武器のことよく知らない」
「死にゲーなんだし、武器なしならせめて二段ジャンプはできないときついよね。後半になったらフックショットも出てきて、それまで取れなかったアイテムが取れるようになるの」
「何の話してるの?」
「だからゲームをつくってるんでしょ?」
「あ、そうか」
「おじさん、共同作業に向いてないよね」
「どうして一緒にやろうと思ったの?」
「フラグが立ったから」
「あ、そうか」
「すぐ話の流れを忘れるよね」
「小説は流れを無視して書いた方が面白いんだよ」
「今はゲームをつくってるんだけど」
「あ、そうか」
私が流れを忘れてばかりなので戦略会議はなかなか進まず、午前中いっぱいかかってしまった。午後になるとフェっちゃんはコバヤシの車で図書館に行った。一緒につくるんじゃないの、と聞くと、分業なんだからどこで書いたって同じでしょという返事だった。私は午後のあいださびしくならないようにフェっちゃんの姿をじっと見て心に焼き付けようとして、フェっちゃんに「キモいから見んな脳」とののしられた。ののしる姿の方が心に焼き付いてしまったが、それはそれでかわいかった。
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