第35話 どんどん想っていけ

王城離宮アリスの居室にて──


アリスは一人反省会を開催していた。

なぜ、なぜ、あんな恥ずかしいことを演説してしまったのか、と。

エリーゼは気にするな、と言ってくれたがそれでもあんな・・・


「自分の知らないところで見られてたなんて嫌だよね・・・」


大きくため息をつき、ソファに沈み込む。

はぁーーー・・・・・・・・・


「アリス様。ジャン・ウィーズリー様という方からお届けものですが、どうされますか?・・・アリス様?アリス様!」

「ひゃい!ひゃい、受け取ります!受け取らせていただきます!」


侍女から受け取った紙袋を膝に乗せて深呼吸する。

茶の至って普通の紙袋である。

なんだろう?と逸る心を落ち着かせそっと開ける。そこにはおみやげで買ったクッキーが二箱入っていた。見た瞬間、ソファに横倒しに倒れ込むアリス。


(な、何を期待していたの私!そうよ、クッキー持たせたままだったじゃないの。そうよ・・・もう・・・なんなのもう・・・ヤダヤダ浅ましいっ)


「アリス様、どうされました?」


侍女がオロオロとアリスと紙袋を交互に見て焦っている。アリスは飛び起き紙袋を侍女に渡した。


「いつもドリーさんとターニャさんにお世話になってるからお土産買ってきたんです。でも忘れてしまったのを今届けてもらったみたいで・・・どうぞもらってください」

「アリス様、そんなよろしいんですか?ありがとうございます。嬉しいです」


侍女二人は嬉しそうに紙袋を覗き込み箱を取り出した。そして・・・


「あら、アリス様。底に何か入ってますが」

「え!」


これです、と言い一枚のカードをアリスに渡す。


カードの表書きには『親愛なるアリス様』

口から飛び出ていこうとする心臓をなんとか押しとどめカードをそっと開くアリス。


『俺を見てくれてありがとう』


「あ・・・あ・・・迷惑じゃなかったってこと?うわ、うわ、わーいわーい」


アリスは侍女二人に飛びつき手を繋ぎ三人でくるくる回る。


「ありがとうって!ふふっ、字がすごい癖字!あんまり上手くない!あははっ、また一つ見つけた!普段私って言ってたのに俺って、俺って言うのね!嬉しい嬉しい!」


侍女二人はさっぱり意味がわからなかったが、笑うアリスを見てつられて笑い手を振りくるくる回った。


「ドリーさん、ターニャさん見て!救国の舞!」

「「 アリス様!いけません! 」」

「いいのいいの。見てほしいの、今すごく嬉しいの。いつも私の為にお世話してくれてるでしょう?だから見て!私が頑張ってるところ見て!」


ドリーとターニャから手を離し、舞うアリス。

ステップは軽やかに指先まで優雅にくるりくるりと。


「ここじゃ、大きく舞えないの。でもほんとはここで大きく飛んで、それでゆっくり回る。ここで一旦膝をついて上半身だけを大きく・・・」


くるりふわりと舞いながらアリスは思う。

舞には音楽がない。ただ決まった動きが代々巫女に受け継がれている。

最初はなぞるだけ、動きを真似するだけ、そして覚える。

いつからだろう、舞っていると頭の中に心の中に音楽のようなものが流れ始めたのは。

それは山の頂上から一気にかけ下りる滝のような荘厳さで、時には夏の川辺の蛍のようにかすかに、草原を吹き抜ける風のような爽やかさで、しんしんと降り積もる雪のような静かさで、晴れ渡る空に響く鐘のような軽やかさで、次々と溢れ出てくる。

歌はない。でも今かすかに、聞こえた。

幼子の鼻歌のような、小さな小さな聞き漏らしてもおかしくないような・・・


説明しながら舞うアリスを見ながら侍女二人は思う。

登城した当初は不安げに揺れていた瞳も学園に通うようになって緩やかに明かりが灯るようになった。

それが、とても嬉しい。


この時侍女に魔力があれば、以前の舞を見ていればその些細な変化に気づいただろう。

白く淡く輝く魔力にほんのりと赤みがさし混じり桃色に色づいていたのを──




余談になるが、ジャンが書いたカードは15枚入りワンセット。

そのうち14枚を書き損じ、最後の一枚に考え過ぎてパンク寸前に絞り出した言葉がアリスの心を震わせたのである。

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