第34話 Wデート夏の陣─午後の部─

エリーゼ以外の三人はなんとも言えない気持ちで食事を終えた。

店を出て街並みを連れ立って歩く。


「アーリンは行きたい所ある?」

「えーと、お世話してくれる侍女さんにお土産を買いたいかな。魔術師団長様にお小遣いもらったの」

「おぉーハルパパやるじゃん。じゃ、ロッソおじさんの店に行こう」


アリスとエリーゼ、手を繋ぎ足取り軽く通りを抜けていく。



「ハルバード様、私はもう帰ってもよろしいのでは?」


二人の少女の背中を見ながら疲労困憊の様子のジャン。


「何言ってるんだ。アリス嬢の気持ちを考えなよ。アリス嬢、ジャンのことよーく見てたんだねぇ」

「・・・からかわないでくださいよ」


ガシガシと頭をかきながら、背を丸めて歩く。誰かタチの悪い冗談だって言ってくれ、じゃないと勘違いしてしまう。


少女達は裏通りを抜け住宅街に入っていく。ロッソおじさんの店に店名はない。

店主のロッソが住民向けにパンや焼き菓子を焼いている小さな店だ。


ハル達はここで待っててね、と店先のベンチに置き去りにされてしまう男二人。


「エリーゼ嬢は本当に伯爵令嬢なのですか?こんな店、普通知りませんよ」

「本当にねぇ、僕の婚約者は面白いでしょ?」

「はぁ・・・失礼ですがハルバード様ならもっと令嬢らしいというか・・・なんというか・・・」

「本当に失礼だな。エリーの良さは僕だけがわかってればいいんだよ」

「ごちそうさまです。すみませんでした」


その頃店内では──


「ロッソおじさんこんにちは」

「おや、エリちゃん久しぶり。おぉ、これまたべっぴんさんを連れてきたの。あの三人は元気でやっとるか?」

「うん、元気有り余ってるよ。こっちはアリス、友達なの」

「そうか、アリスちゃんよろしくな。で、詰め放題か?」

「もちろん」


ロッソおじさんの店では大中小の箱を選び好きなクッキーを箱に入る限り詰めることができる。

二人は中の箱を選び丸や三角、四角のクッキーを詰めていく。


「おじさん、お絵描きクッキーまだある?」

「あるぞ。チョコだけしかないがな」

「大丈夫!」

「アーリン、クッキー詰め終わったらお絵描きしようね」


そう言ってエリーゼはクスクス笑う。

首を傾げるアリスに、後のお楽しみ、と言ってまるでパズルのようにクッキーを詰めていった。


「アーリン、この中から好きなクッキー選んで?」


手のひらサイズのクッキーは、丸や四角、ハートや簡単な花型があった。


「このクッキーにね、チョコで絵や文字を描くの。私はハルに描くからアーリンはジャンに描けば?」

「えっ?そんなの、無理です。無理無理。もう、絶対変な子だと思われた。なんであんな事言っちゃったのか・・・もうヤダ」

「アーリンは悪口なんて一言も言ってないじゃない。絵でも文字でも何でもいいのよ・・・・・・でーきた」

「え?も、もうできたの?なんて描いたの?」

「内緒。先に出てるわね」


一人残されたアリス。手には花形のクッキー。


「思ったまま、下手でも楽しく描けばいいんじゃよ。ほら、チョコが固まっちまう」

「ロッソおじさん・・・」



なんとか描き終えたクッキーをロッソおじさんに綺麗に包んでもらう。

お礼を言って店を出ると三人が待っていて、ジャンの顔が何故か赤い。

待たせすぎたのかも、そう思い慌てて謝るアリスを大丈夫だから、と制するジャン。


「じゃあ、今日はこの辺で解散しましょう。ジャン様、アーリンを広場まで送ってくださいね」


そう言うとエリーゼはするりとハルバードの手に指を絡め去っていった。

有無を言わせない清々しい去り際であった。


「・・・では、行きましょうか」


そう言うとアリスの隣に立ち促すジャン。手にはクッキーの箱が二つ。


「・・・危ないですので」

「・・・・・・はぃ」


手を繋ぐというより、アリスの手をギュッと握りこんで歩き出すジャン。

ジャンの頭には、アリスを待ってる間言われた言葉がこびりついていた。



『まず、友人から始めて任務が始まる前には恋人になりましよう』

『いやいや、なに勝手に決めつけてるんですか』

『あんな可愛い子にあんなこと言われて気にならないわけないですよね?』

『そっ、れは、からかわれたんじゃ』

『あれがからかいの言葉に聞こえたの?馬鹿なの?何に意地はってるの?誰に気を使ってるの?ちゃんと自分の胸に聞いてみて。それもしないであの子を拒否するのはやめて。くだらない建前なんて捨てなさい』


クソっ、なんなんだ一体。見透かしたような事言いやがって。仮に、仮にだよ?聖女様が俺の事好きだと思ってくれてても、俺がそれに応えたらどうなる?聖女誑かしたとか言われない?だいたい、今までモテたことなんか一回もない。継ぐ爵位もない三男だし、顔だって普通。そもそも子どもの言うこと真に受けるとかないわ。うん、ないわ。ないない。俺は身の程をよくわかってる。


ジャンが考えてる間にいつの間にか広場に着いていた。

あっ、と気づいたときには手を強く強く握りしめていて俯いて痛みに耐えているアリスがいた。


「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて・・・」

「大丈夫です。あの、こちらこそ・・・えっと今日ご迷惑でしたよね?ごめんなさい」

「いえ、そんな事ないですよ。顔上げてください」

「あの、今日はありがとうございました!これ、もらってください!」


そう言うとアリスはリボンのかかった包みをジャンに押し付けて護衛騎士の元へ走っていった。そのまま一度も振り返らず広場を去っていくアリスの背中を呆然と見送るジャン。包みを開けると花形のクッキーが一枚。


『いつもありがとう』


綺麗な字だな、ジャンはそっとその文字を撫でた。どれくらいの時間そうしていただろう、ジャンはふと気づいた。


「あーっ、クッキー渡すの忘れた!」


夕焼けに響くその声はもちろんアリスには届かなかった。




ちなみにエリーゼがハルバートにあげたクッキーはハート型。そこには一言


『ハル  大好き♡』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る