第22話 少女は名も無き愛の夢を見るか

神殿の異変はすぐさま中枢に届けられた。原因究明の為に魔術師団と黒騎士団が派遣され、それと同時にタミン村での魔力暴走の件も届けられた。

魔力暴走の届出が遅れたのは、小さな村で起こったこと。

事件を村長の息子が起こしたこと。

亡くなったのが身寄りのない女性と子ども達であったこと。

件の少女が眠り続けていたこと。

生き残ったお姉ちゃん先生も下男もどこかから流れて来た身寄りのない弱者であったこと。

以上のことから村長は事件を隠蔽。

しかし、息子は一向に回復せず時折奇声をあげることから村長が王都から医者を呼び寄せ事件が発覚。

医者に魔力が無ければこのおぞましい事件が闇に葬られていたかと思うと、ハルバードはゾッとした。


魔術師団は東と南の神殿に行ってしまったため、タミン村へは副団長のアレックスとハルバードが赴き調査を開始した。

普通魔力暴走は辺り一帯を破壊し尽くすものだが、タミン村は被害なくいつも通りの日常が行われていた。

魔力暴走の中心地の孤児院は、村外れにありそのため被害が少ないのか?と訝しみながらハルバードは馬を駆けた。

道中も異変は無く名も知らぬ花は風にそよいでいた。

しかし、どんどん魔力残滓を感じ確かに魔力暴走が起きたのだと実感した。


三角屋根の一軒家には被害はなく、家の周りにある畑にも異常はみられない。

扉をノックすると黒い髪を瞳にかかるくらい伸ばした野暮ったい男が出てきた。


「魔術師団から魔力暴走の調査に派遣されてきました。副団長のアレックス・ミュスカと部下のハルバード・ロイズです」

「え?あ、はい。自分はこの孤児院で下男をしています。シムといいます」

「・・・お邪魔しても?」

「あ、あ、はい。すみません!ど、どうぞ」


客間に通されたアレックスとハルバードは色濃く残る魔力残滓に充てられていたが、不思議と気分が悪くなることはなかった。


「副団長、おかしくありませんか?魔力暴走が起きたのに被害は無し。しかも、暴走が起きたのはひと月前ですよね?なのに、残滓がまだ色濃く残ってる。こんなにも濃い魔力残滓に充てられてるのに全く気分が悪くない」

「ハルバードも気づいたか。今回の魔力暴走、なにかおかしい。我々の思いつかないことが起きたのかもしれん」


しばらく待っていると、下男がお茶を出し綺麗な女性と共に対面に座った。


「この度は御足労いただきまして、ありがとうございます。この孤児院で働いておりますリリルと申します。よろしくお願い致します」

「早速ですが、魔力暴走の件についてお伺いしたい。どのような経緯で暴走が起きたのか。あと、毒殺事件についても」

苦しげに顔を伏せるシムとリリル。


「あの、アリスは、あの、アリスというのは魔力暴走を起こした子なんですが、どのような罰になるのでしょうか?」


震えるリリルの手をシムがそっと上から撫でている。

あぁ、そうか、とハルバードはやっと腑に落ちた。

魔力暴走を起こした者は罰せられると村長に言い含められていたのだ。

だから、2人は被害者にも関わらず口を閉ざしていた。

アレックスは穏やかに言う。


「罰することはありません。人為的、作為的に起こしたのであれば話は別でしょうが、今回のことは全く予想外の理解を超えたことではなかったですか?」

「え、ええ、はい。まさか、アリスがあんなことになるなんて・・・アリスには魔力もありませんでしたし、あまりに突然の事で本当のところは私たちにもわからないのです」

「では、毒殺事件のことからお話ください」


リリルは語った。村長の息子が水瓶に毒を入れたこと。それでお母さん先生と子ども達が亡くなったこと。村長の息子に襲われそうになったこと。

アリスの咆哮が聞こえた瞬間に白い光に包まれたこと。光が去った後に死にかけていたシムが生きていたこと。村長の息子がなにやらおかしくなっていたこと。リリルで足りないところはシムが補足した。


ううむ、とアレックスは唸り考え込んだ。


「そのアリスに会わせていただけますか?」




アリスは二階の陽当たりのいい部屋に寝かされていた。

開けた窓からの風に前髪がさらりと揺れている。

ピンクブロンドの髪は陽に当たりキラキラと輝き、頬はうっすら赤みがさし閉じた唇には潤いがあり規則正しい寝息をたてていた。


「あ、あの副団長様。私達は学もありませんしお金もないので医者にアリスを見せることは叶いませんでした。ただ、寝かせているだけなんです。もちろん、体を拭いたりそういうことはしますが、でも、そのなにもしていないのにアリスの顔色や髪の艶が良すぎるのが気になるんです」

もちろん顔色がいいのが悪いことではないのですが、とリリルは続ける。

アリスを見つめたまま黙ってしまったアレックスとハルバードをリリルが不安げに見ている。


「ハルバードわかるかい?」

「・・・はい。こんなことってあるのでしょうか?」


少女の体からは魔力が漏れだしキラキラと輝いていた。

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