第21話 少女が見た夢の名は
ランス王国東の果て──
隣国シャデラン国との間にはガンギ山脈が横たわっており、この山を国境に定めていた。
山頂には万年雪があり、山肌から吹き降ろす風は厳しく年間を通して寒くおよそ人の住めるような土地ではなかった。
そのような状態だったので気づくのが遅れた。
その日は年に一度あるガンギ山脈の麓にあるラス神殿の清めの日であった。
東の辺境を治めるグランデ辺境伯とその兵達は神官を連れ清めの儀式を行うべく、ラス神殿に向かって行軍していた。
しかし、グランデ辺境伯は何かがおかしいと心の奥底で思っていた。
魔獣がでない。
いつもであれば、ガンギ山脈の麓を縄張りにしているサーフェス(狼のような魔獣)が群れを形成しているというのに、それを一頭も見ない。
ラス神殿に近づくにつれ、雲は厚く風は絶え間なく吹き、その風に乗り血なまぐさい匂いが辺りを充満していった。
歩こうとしない馬は置いていき、怯える神官を慰め、兵たちを叱咤激励しなんとか神殿が見える距離まできて驚いた。
ガンギ山脈の万年雪が一部溶けだし、それは山肌に沿って流れ神殿にまで到達。
神殿の周りは大人の膝丈位まで水が溢れていた。
そして、ガンギ山脈の高い空には薄い黒い雲がかかっていた。
このまま、あの薄い雲が厚くなればどうなるのだろう。
あの万年雪が全て溶けだしたらどうなるのだろう。
グランデ辺境伯はぶるりと身震いし、急ぎ馬を置いて行った場所まで引き返した。
休憩もそこそこに馬を駆り、砦に辿り着くと王家に向けて書簡を出した。
『ラス神殿に異常あり』
時を同じくして、ランス王国南の果て──
ドゥマン神殿は切り立った崖に位置し、年中潮風に晒されているが朽ちることなく堂々と建っていた。
年に一度の清めの儀式の為に、神官達が重く大きな扉を開けた。
年に一度しか開けない神殿であるが、中は静謐としており空気が淀むこともなく、なぜかいつもほの明るい。
これも全て聖女様の慈悲の賜物である、と南の神殿長は思いながらコツコツと足音を鳴らしながら神殿の最奥に向かっていく。
「こ、これは、なんということだ!」
神殿長は踵を返し、来た時とは逆に足早に神殿入口に向かった。
早く、早くこのことを知らせねば・・・!
神殿から飛び出しその場で文を書く。
『王国に波乱の兆しあり。聖女像が泣いている』
神殿の異常より、時はだいぶ遡る。
王都の貧民街を抜け、馬で半日ほど進んだ先にあるタミン村。
その村外れには、親のない子どもたちが暮らす私営の孤児院『アカシア』があった。
孤児院の責任者はマリア。家名はない。
お母さん先生と呼ばれる彼女と、お姉ちゃん先生、そして下男の3人で5人の子どもたちの世話をしていた。
お姉ちゃん先生は村一番の器量良しといわれ、村の男たちは皆お姉ちゃん先生に好意を抱いていた。
しかし、お姉ちゃん先生は誰の求婚にも首を縦にふらなかった。
これに腹をたてたのが村長の息子であった。
息子はお姉ちゃん先生から大事なものを奪い、傷心したお姉ちゃん先生を慰めいずれ自分のモノにするという稚拙な計画を立てた。
ある日、お姉ちゃん先生と孤児院に住む少女が王都に内職のレース編みを届けるため孤児院を留守にした。
息子は好機とばかりに厨の水瓶に毒を入れた。
王都から帰ってきたお姉ちゃん先生が見たものは、まさに地獄であった。
血反吐を吐き、既に息絶えている小さな子どもとお母さん先生。
下男は息があったが、ヒューヒューと喉を鳴らしまさに事切れそうであった。
お姉ちゃん先生は下男を抱きしめ泣き叫んだ。お姉ちゃん先生が愛するのは下男であった。
無口で無愛想、だが仕事は真面目。
子ども達を見る目は優しさに溢れていた。
それを物陰から見ていた息子は激怒した。自分より下男風情を愛してるのか、と。
激昂した息子が今まさにお姉ちゃん先生に手をかけようとした時・・・・・・
呆然と立ち尽くしていた少女が咆哮した。
その刹那、魔力が暴発した。
眩く白い魔力は辺り一体を包み込み爆ぜた。
しかし、眩しく目が開けられなかっただけで人も建物も木も何もかもに被害はなかった。
ようやく目が開けれるようになったお姉ちゃん先生が見たのは、腕の中ですぅすぅと寝息をたてている下男。
へたりこみ口から涎を零しながら焦点のあってない虚ろな目をした村長の息子。
そして、倒れている少女であった。
少女はひと月眠り続け、目覚めた時には全ての記憶を失っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます