第23話 少女が見た世界

王暦2986年7月14日早朝0歳と思われる女児を保護。

出自等一切不明。

女児に着せられていた産着や包まれていたおくるみ等に不審な点は無し。

入れられていた籠は本来野菜の収穫等に使用されるもの。

使い込まれたそれからも、手がかりになるものは無し。

ふくふくと肥え、顔色もいい事から愛されていたことがわかる。

重さから推定6ヶ月。

そこから逆算して1月14日を誕生日と定め、名をアリスとする。

髪色・茶

瞳色・薄桃

推定6ヶ月

女児

以上を憲兵に届けるも進展なし。

      ----院長マリアの記録より抜粋



神殿の異常から二ヶ月。

ラス神殿には今も山肌から水が流れその規模を徐々に拡げていた。

ガンギ山脈上空の黒い雲と思われていたものは瘴気と判明、僅かだが時空の歪みが生じていた。

魔術師団長カイン・ロイズはこれをすぐさま中枢に報告。

魔術師団諜報部と黒騎士団が歪みを監視している。

中枢では、結界に異常ありとして連日対策会議が開かれていた。

そこに上がってきた魔力暴走の少女の報告書に国の重鎮たちは色めきだった。


アリスという名の少女は、突然変異として魔力を発現。

魔力量は魔術師団長に匹敵するくらいの高さであり、稀有な聖属性。

魔力暴走時に傍にいた男は少女の魔力を浴び廃人になった。

同時に毒で事切れる寸前の男は魔力を浴び生還していた。

このふたつの事象をなんとする?

目下の議題であった。

魔術師団長カインは発言する。


「廃人になった男は私利私欲の為に毒を仕込み罪なき善良な人に害する者。対して生還した男は、愛情深く子ども達の世話をし真っ当に生きてきた者です。この事から少女アリスの聖魔力は人を害するものに罰を、人を愛し慈しむものに祝福を与えるものではないかと推測されます」


会議室には沈黙が垂れ込め、陛下はゴクリと息をのんだ。


「それは・・・それでは・・・建国神話にある聖女のようではないか」

「はい。私も陛下と同じ考えに至りました。それともうひとつ、少女は本来茶髪でありましたが魔力暴走を機に髪色がピンクブロンドに変化しています」

「--空に暗雲垂れ込め、生命の源は濁り、心は荒み黒い悪魔が大地を襲うとき、聖なる者現れり。大いなる力をもって人々を安寧の地に導くであろう--」

「ええ、アリスは聖女の力を発現したのだと思われます。しかしながら、目覚めたばかりでまだ未熟です。どうか王家で保護、そして魔力制御等を我ら魔術師団で請け負わせていただきたい。ゆっくりではありますがガンギ山脈の歪みは広がっています。一刻も早く結界の修復が必要です」

「あい、わかった。皆の者依存は無いな?では、本日はここまで」



時は少し遡る。

目覚めたアリスは全ての記憶を失っており、戸惑い記憶が無い恐怖に打ちのめされそうになっていた。


「ひとつも覚えてないの。お母さん先生がいて下の子ども達がいて、リリル達が話してくれたこと頭ではわかるの。理解できる。でも、どこか他人の物語を聞いてるみたいなの」

「これからアリスの物語を作ればいいわ。アリスが忘れてしまっても私達が覚えているからね。アリスは私達の大事な妹よ。私達ができるのはアリスの為にアリスが幸せになるよう祈るだけ」


目覚めてからひと月、アリスはお姉ちゃん先生のリリルと下男のシムにめいっぱい愛情を受けていた。

無理に思い出さなくてもいい。

アリスにとって、目の前で愛する家族が奪われたのだ。

辛くて悲しくて蓋をしてしまったに違いない。

二人は、このままでいい辛い記憶は封印してこれから成長していけばいい、そう思っていた。

このまま三人で平和に暮らしていければ・・・そう思っていた矢先王家より使者が訪れ三人の生活は呆気なく終止符を打つことになった。




愛するアリスへ


この先あなたの進む道がどんなものになるのかお姉ちゃんにはわかりません。

お姉ちゃんにもシムにもアカシアに来るまで家族と呼べる人はいませんでした。

虐げられ搾取される日々から逃げ出したのがお姉ちゃんとシムです。

お姉ちゃんとシムはそれぞれの場所から逃げ出し、ここで出会い愛し合うことができました。アリスにもそんな人と出会ってほしいと思っています。

アリス、あなたはこれからきっと広い広い世界を見るわ。

その世界が、アリスにとって優しいものでありますように。

アリス、どうか幸せになって。

お姉ちゃんとシムはずっとここにいます。

ここでずっとずっとアリスの幸せを祈っています。         

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