第14話 MK5

突然だが、合同茶会である。

月一度の交流茶会に、二月に一度の合同茶会である。

茶会はサロンや庭園等で行われる。

今回の会場は、ファーストコンタクトの合コン会場であった薔薇園である。


既に、婚約者達は席についてるようだ。

少女達は歩いて会場に向かう。

少年の1人ががふいに手を目の前で振り回し始めた。


少年の顔の前には蜂が飛んでいる。

その時、バランスを崩し椅子ごとひっくり返った少年。

それを見て笑う少年達。

笑っている。

大きく口を開けて笑っている。

笑い声が少女達の耳にも届く。

ひっくり返った少年を別の少年が起こそうと手を差し伸べる。

起きる瞬間手を離し、またひっくり返る少年。

ひっくり返った少年は抗議するが、その顔ははちきれんばかりに笑っている。

あんな風に笑う人だったろうか。

あんな底抜けに、考えもなしに、裏表も無しに、目がなくなるほどに笑う人だったろうか。

これはいけない。

少女達の心中に警鐘がなる。

あの笑顔は自分のものにならない。

いつか他人のものになるのだ。

いけない、駄目だ。

警鐘は鳴り止まない。

あぁ、心の中一番柔らかい場所に落ちてきてしまった。

あんなにも鎧で覆い守ってきていたのに、それは呆気なく剥がれおちてしまった。

これを芽吹かせてはいけない。

いや、芽吹いてもいい。

葉が伸び育ってもいい。

花が咲いてもいい。

それはいつか枯れるから。

枯れたら朽ちるから、大丈夫。

恋の花はほんの些細な事で枯れるから。

だが、根を張らせてはいけない。

根は駄目だ、心のあちらこちらに侵食する。

思いがけない所に根づいてしまう。

根は自分でもどこにあるのかわからない。

ふとした時にひょっこり見つけるのだ。

その根に名前をつけてはいけない。

その根の名前が愛だなんて思ってはいけない。

早くこの場から立ち去らなければならない。

心の警鐘に従わなければならない。

だが、少女達は動けなかった。

まるで足に根がはえたように。




「ベル?大丈夫?」

「・・・で・・・殿下・・・」

「顔が赤いよ?具合でも悪くなった?みんな動かないから心配したよ。どうしたの?」

「・・・き・・・」

「き?」

「・・・緊急ミーティングを開催する。場所は離れ。以上」

「「「 了解 」」」

「え?ベル?緊急なに?え?」

「殿下、申し訳ございません。可及的速やかに解決しなければならない問題が起きました。御前失礼致します。このお詫びは改めてさせていただきます」


少女達は頭をさげ、踵を返し少年達を振り切り歩みを進めた。

セカンドインパクトであった。






シルヴァスタイン家離れにて──


イザベルの為に建てられた離れは庭の隅にあった。

1DKの平屋建てはさほど広くはない。

ダイニングには絨毯を敷き、毛足の長い丸型の大きなラグを中央に敷いている。

ラグの中心には足の低いテーブルを置き、周りにはクッションをこれでもかと並べてラグに座ってくつろげるようになっている。


「誰も入って来ないで!」


イザベルは叫び、四人の少女達は離れに引き篭った。

のろのろと思い思いリラックスウェアに着替えていく。


「クッソ、クッソー、こんなので!!こんなので!!笑った顔なんか何百回も見てきたやんけー!!」


泣きながらクッションを叩き叫ぶのはオリビアである。


「でも、あんな阿呆な笑い顔は初めて見たわ」

「馬鹿みたいに笑う君が好き!ってり○んか!な○○しか!中学生かーー!」


ヴィオレッタもエリーゼも、泣いている。

イザベルはうさぎのぬいぐるみを抱きしめうさみみフードをしっかり被り泣いている。

少女達の泣き声だけが部屋を満たしていく。


「・・・これはもうダメかもしれんね」

「好きだと思ってしまった」

「強制力なん?」

「わかんない。わかんないけど、好きになっちゃったかも」

「かもじゃない。あの時みんな一辺に気付いたでしょ」



また、泣く。涙がとめどなく溢れてくる。


「オンちゃん、なんか言って」

「うっうっ、ひっく・・・うぅ・・・あ、明日、遊びに行こ。一日全部忘れて遊ぼう。イーちゃん、レッタン、エリちゃんのやりたいこと全部やろ。んで、忘れよ。まだ、まだ間に合うと思う」

「ひっ・・・うぅ、花の森でモーニング食べる。そして推しを愛でる」

「うん、レッタンそれ行こ」

「わたっわだじは、か、かばいいざっかみるぅぅぅっっ」

「うん、イーちゃん好きやもんな。行こ」

「おかっ、おいしーおかしいっぱい買う!」

「うん、エリちゃんいっぱい買お。みんなでやけ食いしよ」

「「「 オンちゃんは? 」」」

「冒険者ギルドでレッドホークのステーキ食う!」


ふふっ、ふっふっあっあははははははははははは


泣いて、笑って、多分また泣く。

想いが全部溶けて出ていくのを願って泣く。

想いを押し返すように思いっきり笑う。

大丈夫。

まだ、大丈夫。

ちょっと心が動いただけ。

仮面も鎧も猫も全部被ってまた頑張れる。



すぐに忘れられるよね?




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