第11話 覚醒─恋のサイレン─
某日ロイズ侯爵領メルリ湖にて──
どうしてこうなった
と、エリーゼは思っていた。
ピクニックに行こうよ!とハルバードに誘われ馬車に揺られる事2時間。
王都からだいぶ離れてしまったなぁ、と少しだけ不安になるエリーゼ。
ハルバードはご機嫌で道中これから行く湖について語る。
曰く、とても広いのだと。
曰く、とても美しいのだと。
あまりのご機嫌さに、エリーゼの顔もつい綻ぶ。
「とても楽しみです」
湖に着くと侍従や侍女達がテキパキとシートを敷きクッション等を並べ、冷たい果実水を準備してくれた。
そして──
「今日はね、僕の魔力というか魔術をね見てほしくてここに来たんだ」
と言い、そこで見ててね、と湖に向かい歩き出し畔に立った。
「荒れ狂う空よ
静かに焦がれる乙女よ
疼き乾きその真髄を巻き込め
風道来迅!!」
厨二かな?
その刹那、ハルバードの両手に竜巻のような風が渦巻きドン!と湖に向けて魔術が解放された。
湖は割れ、底が見えていた。
モーゼかな?
「エリーゼ嬢!見た?凄い?」
「・・・その詠唱は、唱えてる間に攻撃されたりはしないのですか?詠唱破棄出来ないのですか?」
「・・・・・・は?」
(しーまったぁー!ここは、『ハルバードさま、すごーい!こんな凄い魔術初めて見ましたー』って目を輝かせて言うところだったー!確か魅惑は魔力量の高さとセンスが抜群で魔術に関しては褒められた事しかなかったはず。だから、褒める以外の事言うヒロインを気にし始めたはず・・・いやでもまだそんな良いこと言ったわけじゃないし、厨二かよって思わず疑問に思った事言っただけだし、大丈夫!うん、大丈夫・・・だよね?)
このままではつまんねー女だな作戦が破綻してしまう。
エリーゼは焦った。
「詠唱唱えてる間は騎士団に守ってもらえるんだよ。初歩魔術ならイメージだけで詠唱破棄出来るけど、中級上級になると言霊で魔力を練り上げて魔素と魔力を融合させて術を発動させなきゃいけないんだ」
「あの・・・勉強不足で申し訳ありませんでした」
丁寧に解説されてしまったエリーゼ。
「エリーゼ嬢何か魔術を見せてもらえますか?」
「私は魔力量が少ないので初歩的な事しか出来ないので、なんだか恥ずかしいのですが・・・」
低レベルな質問した仕返しかよ、ふざけんな、初歩しか使えねーよと心中荒れ狂うエリーゼだったが魔力を練り上げていく。
人差し指を唇に当ててイメージしながら口内で魔力を練り上げていく。
人差し指をそっと唇から離し、腹の部分を外に向けてふっと息を吐きかける。
すると指の先にキラキラと水の粒子が集まり小さな蝶になった。
もう一度ふぅーと息を吹きかけると、蝶は飛び立ちヒラヒラ舞いながらハルバードの前を横切っていく。
そのまま、湖畔に咲く野花に降り立ち、パシャンと弾けて消えた。
「何の役にも立たなくて恥ずかしいんですが、小さな子が見たら喜ぶかなぁと思って練習したんです」
エリーゼははにかんだ。
腹立ちと恥ずかしさでハルバードの顔を見れなかったエリーゼは気づかなかった。
魔力を練り上げ開放するエリーゼを見つめる瞳が、今までの熱量を上回っていた事に気づけなかったのだ。
ハルバード・ロイズは魔術の天才であると自負していた。
一歳の頃、庭で転び大泣きした時に庭の半分が凍ってしまったのも今では笑い話だ。
自分で編み出した魔術もある。
特例ではあるが魔術師団に席も置いている。
今日、ここへ来た理由はひとえにハルバードの焦りからであった。
婚約者になってから徐々に距離は詰めてきた、だがあと一歩決め手にかけるとそう思っていた。
得意な魔術を見せれば惚れてくれるかもしれないその一心だった。
だが、それも己の慢心に気付いただけであった。
そういうものだからと詠唱に疑問をもつことは無かった。
しかし、確かに中級以上を詠唱破棄出来れば騎士団の負担も減る。
新たな高みへの道をエリーゼに指し示されてしまった。
中級の詠唱破棄、これを今後の課題にしてさらに邁進しよう、そう決意したハルバードであった。
それはそうとして、エリーゼの魔術は美しかった。
瞳を閉じて人差し指を唇に当てる。
あぁ、長いまつ毛が少し震えて集中してる。
心の奥底で鐘が鳴っている音が聞こえる。
鐘はどんどん大きくなり、支配し満たしていく。
そしてふっと零された吐息。
あぁ、その吐息を飲み込みたい。
その唇を僕が塞いで僕の魔力を注ぎたい。
長いまつ毛に口付けを落としたい。
エリーゼを落とす為のピクニックであったが、結局はハルバードが落とされていた。
ミイラ取りがミイラになった、そんなお話。
余談ではあるがこの日ハルバードは精通を迎えた。
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