第10話 覚醒─やさしいきもち─
某日ブルックス邸サロンにて──
本日は月一回の婚約者同士の親睦を深めるべく行われるお茶会である。
「ようこそいらっしゃいました。ノクト様」
「ヴィオレッタ嬢、こんにちは。はい、これキャンディの詰め合わせなんだけど受け取ってもらえますか?」
「ふふ、いつもありがとうございます。嬉しいです」
ヴィオレッタは笑みを浮かべノクトをサロンへと案内する。
好天なのでサロンの窓を全て開放して、庭がよく見えるように窓辺にカウチソファを準備した。
庭にはペンタスの薄い桃色が風に揺れている。
二人は人一人分開けてカウチに並んで腰掛け庭を見ながらお茶を飲んだ。
最近あった出来事や、読んだ本の話などをつらつら話す。
窓からはそよそよと風が吹き込み、頬を撫で髪を揺らした。
そうしているうちにノクトはこくりこくりと船を漕ぎ始め眠ってしまった。
ヴィオレッタは侍女に掛布を持ってきてもらい、ノクトにそっとかけた。
(・・・ったく、子供が目の下に隈なんか作ってんじゃないよ。宰相になる勉強ってそんなに大変なのかなー、それにしてもオンちゃんにもらったこの夜蓮草のエキスよく効くわ、グッスリ寝てるもん)
ヴィオレッタはノクトが訪れた時にノクトが、ひどく疲れていると感じていたので一服盛ったのだ。
未来の宰相のお勉強って大変なのねー、と思いながらヴィオレッタは刺繍に取り組む。
ノクトからのお土産はシート状になったカラフルなキャンディ。
一枚取って日に透かすと向こう側が見えた。
それにしても、とヴィオレッタは思う。
この人は私の何が良くて婚約者になったんだろう。確かに可愛い顔してるとは思うけど、こういう世界にしては地味な方だと思う。
髪も瞳も地味な茶色だしね。
なんでこんな顔がいい人が私なんて・・・
やっぱり強制力が働いてるのかな?
でも・・・多分この人、私のこと好きなんだよね。
ゲームで氷の眼差しとか言われてたけど、私と話してる時はそんなことないんだよね、これが。
確かにそんなニコニコしてるわけじゃないけど、話してる時嬉しそうにしてるのはなんとなくわかる。
思わず絆されそうになる瞬間はたくさんあるけど、それが自分の気持ちなのか強制力なのかがわからない。
誰が好き好んで将来的に捨てられる相手との関係に飛び込んでいくんだ。
絶対無理だ。傷つきたくない。
片思いして告白して失恋する。
片思いして告白して恋人になって失恋する。
わかる、過程も結果も同じ。
前世でそんなもんいくらだって経験してきた。
だけど・・・、好きになってはいけないと思う。
前世の片思いは先が見えなかった。
今世の片思いは先が見えてる。
結局はその違いなんだろう。
今、ほんのり熱のこもったこの瞳が氷のように冷たくなる。
その突き刺すような冷たい瞳にさらされたくない。
私は私の役割を演じるのが怖い。
早く、早くリタイアしたい。
サロンが朱に染まりつつある中ノクトは薄ら目を覚ました。
いつ寝てしまったんだろう、とぼんやり考えながら目を動かすと朱に頬を染めた彼女が目に入る。
べっ甲色のキャンディを日に透かして向こう側を見てる。
そのキャンディを彼女の小さな舌がペロリと舐めた。
美味しい、と小さく呟きまた向こう側を見る。
もう一度ペロリと舐め、その小さな口にそれを放り込む。
片手を頬に当て、うっとりしながらキャンディを口の中で溶かしている。
あぁ、今彼女の口の中は甘いに違いない。
その甘さを僕にもわけてほしいと思ってしまう。
その小さな口を食べてしまいたい、それは一体どれだけ甘美な味がするのだろうか。
「あら、ノクト様起きました?疲れはとれましたか?」
「・・・ああ、そのすみませんでした。せっかく会えたのに寝てしまって」
いいんですよ、とヴィオレッタは笑う。
「それよりノクト様は自分自身とお話されてますか?」
「それは・・・どういう・・・」
「自分で自分に聞くんですよ。今、お腹空いてませんか?寝たいと思ってませんか?疲れてませんか?って聞くんです。体や心の声を聞き逃してしまっては後で辛くなりますよ。努力するって事と無理をするって事は全く違います」
次に会った時は目の下の隈、治してきてくださいね、とヴィオレッタは茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
遅くなった帰路につく馬車の中でノクトは思う。
思いがけず眠ってしまったせいで頭も体もスッキリしている。
僕は一体いつから無理をしていたんだろう。
公爵家次期当主として、次期宰相として選ばれたいとずっと思っていた。
その為の努力は厭わなかったはずだ。
ただ、その努力が無理の上にたった努力だったなんて・・・
知らずその重圧に押しつぶされそうになっていたのかもしれない。
それにしても、キャンディの向こう側を見る彼女はとても・・・とても可愛かった。
その後それをペロリと舐める仕草はなんとも官能的で・・・
僕もその向こう側を彼女と一緒に覗いてみたいと思った。
今度会った時に僕も同じようにキャンディの向こう側を見てみよう。
もちろん彼女も一緒に。
彼女と同じ景色が見たいんだ。
それはきっととても眩しくてキラキラしているんだろうとノクトは思った。
余談ではあるが、ノクトはその日精通を迎えた。
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