第9話 覚醒─王道は突然に─

某日王城王子専用サロンにて──



王子妃教育が始まったイザベル。

教育自体も苦痛だが、このたまにある教育終了後のアルフレッドとの茶会もまた苦痛であった。

なにせイザベルは早々に婚約解消してほしいのだから、あまり交流したくないのである。

しかしながら、さすがは王家。お茶もお菓子もすこぶる美味しい。

まあ、今日のところはこれで許してやるか、と毎度不敬なことを思ってるイザベルであった。



「イザベル嬢、王子妃教育はどう?とても優秀だと聞いているよ」

「まあ、ありがとうございます。嬉しいですわ」


微笑み合うアルフレッドとイザベル。


「殿下は王子教育が終わってそろそろ王太子教育が始まるとお聞きしましたが?」

「・・・うん、そう・・・だね」


いつになく歯切れの悪いアルフレッドをイザベルは訝しんだ。


(おかしいわね。微笑みはいつも何が楽しいんだかニコニコしてるのに、今日はなんか覇気が無いわ)


「いや、僕の弟のラインハルトが天才なんだ。なんというか、一を聞いて十を知るというのか・・・。だから、これから始まる王太子教育も無駄になるかもしれない。イザベル嬢もこの先王太子妃教育を受けるだろうけどそれも無駄になるかもしれない。そう思うと・・・」


膝の上に拳を作り、俯きいつもの笑みが見えない。

イザベルは考える。

アルフレッドより二歳下のラインハルトに負けず嫌いを起こして拗らせる一歩手前まで来ているように感じる。

こんな時はどうすればいいのか。


「まあ、そんなことですの。ふふっ、殿下も意外と小心者ですのね。勉強したことが無駄になることはありませんわ。知識は無いよりある方が良いですもの。代わりのいない仕事なんてありませんのよ。殿下が駄目になったらラインハルト殿下がいらっしゃると思っておけば良いんですよ。仲違いしているわけではないのでしょう?教師からお二人は仲睦まじいと聞いておりますわよ?」


目を丸くし口をぽかんと開けるアルフレッド。心做しか頬が赤いような気もする。イザベルは思わず笑ってしまう。


(こんな顔も出来るのねぇ。どうよ?この“てめえの代わりなんて誰でもいるんだよ”作戦は。これがヒロインなら『アルくんが頑張ってるの私知ってる!だからアルくん私の前では無理に笑わなくていいんだよ!』とか言うんじゃないの?知らんけど)


一拍置いて、アルフレッドはいつもの微笑みを浮かべ答えた。


「そうだね。イザベルの言う通りだよ。僕の代わりなんてラインハルトがいるから大丈夫だよね。でも、僕が立太子しなくても良いって言うのかい?」

「別に殿下が何者でも私はかまいませんわ」


どうせ婚約解消か破棄するんだから微笑みがなんになろうと関係ないわ、とイザベルはにっこり笑った。






第一王子アルフレッドには最近悩みがあった。

弟のラインハルトがメキメキ頭角を現してきているという。僕が同じ年頃の時より出来が良いらしい。

アルフレッドはこのままでいいのだろうかと悩んだ。万が一立太子出来なければ、ノクト達にもイザベルにも申し訳が立たない。

今以上、それ以上にもっともっと高みを目指し努力しなければならない。アルフレッドはそう思っていたが、イザベルの前でうっかり気が緩み悩みを吐露してしまった。

イザベルは幻滅しただろうか?沈黙が怖くてたまらない、そう思いチラリとイザベルを伺うアルフレッド。

イザベルは人差し指を顎に置いて瞳を閉じて首を傾げていた。

イザベルが考える時の癖である。アルフレッドはこれが大好きだった。

小さな桜貝のような桃色の爪が少し厚めの唇のすぐ下にある。瞳は閉じられ眉間には少し皺が寄っている。

考えが纏まると、ふぅと吐息を零す。その瞬間がたまらない。

身体の奥から熱が上がってくるような気がする。

今すぐにでもそのぽってりと赤い唇に口付けたい。桜貝のような小さな爪を口に含み華奢な指を舐め回したい衝動にかられるアルフレッド。

そして聞こえてきたまさかの

『代わりはいる。あなたが何者でも私はかまわない』

アルフレッドは完全に堕ちた。

イザベルは僕自身を見てくれた。

たとえ、王子じゃなくなってもイザベルはきっと僕を見てくれる。

兄様と僕を呼び慕ってくれる弟も大事にしよう。

イザベルはたった一言で僕の心を軽くしてくれるんだね。

アルフレッドの脳内ではめくるめくイザベル劇場が繰り広げられている。


ここへきてイザベルは致命的といえるミスをおかしてしまったのだがそのミスにまだ気づいていない。

攻略対象者の悩みがヒロインの何気ない一言で解消され、二人の距離がグッと近づくという王道展開を自らが展開してしまったことに気づいていない。

だが、もう遅いのだ。

アルフレッドは落ちてしまった。


余談ではあるが、この日アルフレッドは精通を迎えた。

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