第3話 パパはつらいよ!
シルヴァスタイン家当主トマスは思っていた。第一王子の誕生日パーティが滞りなく済んで安心していた。
「お父様!私、お友達ができたのよ。今度うちでのお茶会に招待してもいいかしら?」
愛娘のイザベルに友人ができた。
聞けば、ブルックス侯爵家フェイマン伯爵家ミラー伯爵家と家格も申し分ない友人であった。
ブルックス家とは少なからず交流もあり同じ王城勤めとして財政部で大変優秀であると聞いている。
フェイマン家ミラー家共にどの派閥にも属さず真っ当に領地を治め、特にフェイマン家当主キュロスは魔道具の研究開発に勤しみ国の発展に貢献していると聞く。
ミラー家は代々その広い領地を活かし農業に勤しみ最近では薬草栽培を手がけ奥方が新薬の開発に貢献していると聞く。二週間後、お茶会に招かれた少女達はどの子も愛らしく礼儀も所作も申し分ない子達であった。トマスはガーデンパーティからの一ヶ月幸せであった。
そう、王家の使者が書簡を持ってくるまでは──
───シルヴァスタイン家夫婦の寝室にて
「旦那様、どうされました?」
「あぁ、オフィー!オフィーリア!聞いてくれ!イザベルが!イザベルがとんでもない奴に目をつけられた!第一王子がイザベルに、婚約の打診をしてきた」
「あら、まあ」
トマスの妻オフィーリアは目を丸くして小さく開いた口に片手を当てた。
そんな仕草も愛らしい、私の妻は世界一!と一瞬思ったトマスであったがすぐに気持ちを切り替えた。
「オフィー、あのガーデンパーティでイザベルは地味にしてたよね?化粧も唇に紅をさしたくらいで髪も華美にはしてなかったし、ドレスも派手じゃない青いドレスにしたよね?なんで?なんで王家に目をつけられるんだ?・・・はっ、そうか女神が産んだ天使だからか!オーラが、オーラがあるんだ。あの子の可愛らしさはやはり隠せるものではなかったのだ。だいたい、第一王子はイザベルと話してなかったではないか。どこぞの令嬢達に囲まれていたはずだ!なぜだ!なんでイザベルなんだ・・・どうしよう、オフィー、嫌だ!嫌だー!・・・・・・オフィー聞いてる?」
ソファに座り寝る前のハーブティーを優雅に飲んでいる妻に問う。
「あ、終わりました?いいじゃありませんか、いつかは誰かに嫁ぐのですから」
「王家なんかに嫁いだら気軽にイザベルに会えなくなる!そんなの許せない!オフィーも寂しくなるよ!」
「さっき、地味にしてたって仰ってましたけど青いドレスって第一王子の瞳の色じゃありませんか?だから、私はてっきり旦那様は・・・」
トマス、痛恨のミスである。
第一王子の瞳の色だなんて考えてもみなかったのである。
仕立て屋が持ってきた鮮やかな青の生地がそれはよくイザベルに似合っていたのだ。オフィー譲りの陽に透けると金に見える栗色の髪に深いダークレッドの瞳によく似合っていたのだ。
「あ、ああああああああぁぁぁ」
自身のミスに嘆き頭垂れるトマスの髪をオフィーリアは撫でた。
有能なのに家族のことになると途端にポンコツになるのは何故かしら?と思いながらしくしく泣くトマスを慰めるのであった。
同日未明ブルックス家サロンにて---
「ヴィオレッタ・・・何故、なんであんな冷徹腹黒宰相の息子なんかに目をつけられたんだ。あのまだまだ子供の癖に妙に達観したような冷めたい目つきの悪いガキなんかに大事なヴィオレッタを渡したくない!目立たない装いにしたはずだ。どこだ!どこで目にとまった。やはり、やはり隠せないのか溢れる愛らしさは隠せるものではないというのか・・・・・・あぁヴィオレッタ・・・」
頭を抱え頭垂れるのはブルックス家当主サイモンである。
コールマン公爵家から愛娘のヴィオレッタへ婚約の打診が届いた。第一王子の誕生日パーティで見初めたというが、その日ヴィオレッタは
「新しい友達ができたの。今度お茶会に招待されるのよ」
と嬉しそうに言ってきた。そこに男の影などなかったはずだ。サイモンは考える。相手は公爵家、しかも現宰相の息子だ、どう考えてお断りなんて出来るはずがない。
「ミラ・・・どうすればいい」
五年前病死した、亡き妻に問いかけるがもちろん返事などは無い。
同日未明フェイマン家夫婦の寝室にて---
「あなた、受け入れるしかないわ」
「うん、うん、分かってる、分かってはいるんだ。これがとてもいい話だということは・・・でも!まだ十歳だよ!早すぎない?なんで?なんでエリーゼなの?」
フェイマン夫妻、キュロスとローザは肩を落とし話し合っている。
「高位貴族の方々は婚約が早いって言うじゃないの」
「そうだとしても!なんでうち!?伯爵だけど順位は下位なのに・・・」
「そうよ、だから断れないわ」
沈黙が部屋を満たしていく。
フェイマン家は貴族としては珍しく恋愛婚であったが為に自らの娘に対してもいつか素敵な人に出会えればいいなぁ等と仄かな期待を寄せていた。この婚約は果たして上手くいくのだろうか?寝台に腰掛けたまま2人の夜が更けていった。
同日未明ミラー家温室にて----
ミラー家当主ギルバートの妻アイリーンは育てている薬草の具合を見ていた。
珠明草という名の薬草は煎じて飲めば良い鎮痛薬になる。しかし、暑さにも寒さにも弱く温度管理がとても難しいのだ。今朝は雨が降ったから少し気温が下がったのかもしれない、そんなことを思いながら帳面に記録をつけていく。
「アイリーン!!オリビアが!オリビアに!オリビアを!」
ギルバートが温室の扉を勢いよく開けてオリビア三段活用を叫んだ。
「ギル、落ち着きなさい。深呼吸して?はい、オリビアがどうしたの?また木登りして落ちたの?それとも庭に落とし穴掘って庭師を落としたの?執務室の机の上に蜘蛛でも置かれた?」
オリビア、お前ってやつは日々なんていうことしてんだ。
「違う!違うんだ、オリビアに婚約の打診があったんだ」
「まぁ!その奇特な方はどなたなの?」
「リード侯爵家の嫡男だ!あ、あんなデカい奴らばっかのところにオリビアをやりたくない!!」
「確かに、リード家は代々騎士を輩出する家系だけれども・・・なんか嫌なことあったの?」
拳を握りしめ若干震えてる夫に問う。多分、確実に、絶対しょうもないことなんだろうなと、アイリーンは思っているが顔には出さない。
「あ、あのステファン・リードは学生時代に廊下ですれ違う度に、ぶ、ぶつかってきて、ごめん、見えなかったって!私が小柄な事を馬鹿にしてたんだ!!」
アイリーンは考える、それは本当に見えてなかったんじゃないのか?と。
男にしては小柄なギルバートはそれをずっとコンプレックスにしている。
これは前途多難だなぁ、とアイリーンは天を仰いだ。
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