第2話 Cherry
第一王子王子アルフレッド・ランドールは疲れていた。
自身の誕生日パーティという名の婚約者選びにほとほと疲れていた。しかし、王子らしく高貴な者として笑みを絶やすことは無く、次々と挨拶に訪れる者たちに如才なく
「ありがとうございます。今日は楽しんでいってください」
と、答えていた。公侯伯の順に行われる挨拶の列ももう少し、自分の顔がもうどうなっているのかわからないと思っていた。最後の挨拶を終えるとその場を離れ、幼少期から馴染みの者たちの元へ歩く。
「お疲れ、アルフレッド。可愛い子いた?」
魔術士団長子息ハルバード・ロイズは軽い。生まれつき魔力量も質も高く早々に第一王子の側近候補に名を挙げた。
「え?まぁ、全員可愛いんじゃないの?みんな着飾ってきてるしね」
「気になる令嬢はいなかったのか?」
騎士団長子息カーティス・リードは問う。こちらも早々に側近候補になりアルフレッドと共に剣術指南を受け鍛錬をしている。
「アルフレッドが決まらないと僕らも決められませんよ」
宰相子息ノクト・コールマンは言う。こちらも早々に側近候補になり4人は幼い頃から共に学び言葉をかけあい側近というより友人のような関係性を築きあげていた。
「どの子も同じ顔に見えるよ。どうせ、公爵家から適当に選ばれるんじゃないかな。それか、どっかの国の王女とかね」
「えー、例え政略だとしても自分の好みの子がよくない?」
ハルバードが非難の声をあげるが3人は少し考え込むようにしたが結局は首を横に振った。
王家に、そして高位貴族に生まれたものとして自分の気持ちなど二の次である。全ては国の為、民の為尽くすだけなのだ。齢十歳にしてそれを悟れるくらいには彼らは優秀であった。
ざぁっと強い風が吹き思わず目を瞑ったその瞬間、風に乗って笑い声が聞こえた。
見渡すと、庭園の隅のテーブルに座り笑っている少女達に目がとまる。
何がおかしく楽しいのだろうか少女達は手で口を抑えることも無く口を大きく開けて笑っている。
十歳といえども高位貴族の令嬢である。淑女教育は受けているだろう、なのに、どうしてあんなに口を大きく開けて楽しげに笑っている?およそ淑女らしくもない。
笑っていたかと思えば、急に神妙な面持ちになり何事か話し込んでいる。そして、また笑う。
時折、紅茶を飲んでいるがカップの持ち方ソーサーへのカップの置き方等の所作は美しく教育が行き届いていることを伺わせる。
何故、何に対して笑ってる?あぁ、笑いすぎて瞳が潤んでるように見える。知りたい。淑女の顔でなく、屈託なく笑うその理由を聞かせてほしい。あれだけ笑っているのに空を見上げるその顔が少し悲しげなのは何故だ。その悲しみを僕らがなんとかしてやれないものか。
「・・・可愛い」
「・・・好みだ」
「・・・結婚したい」
「・・・結婚しよう」
上から、アルフレッド、ノクト、ハルバード、カーティスである。
先程話していた事はなんだったのかと思えるほどに彼らは頬を染め心を動かされていた。初恋の兆しである。
お互いの顔を見合わせる。
「右のブルーのドレス」
「その隣の若草色のドレス」
「僕はあの薄い紫のドレス」
「俺は、あの、薄いピンクのあの・・・」
彼らは顔を見合わせ一つ頷くと、それぞれの親の元へと散って行った。
彼女達に婚約を打診してくれと告げるために。
少年達から話を聞いた父親達の行動は早かった。
少女達の素性を突き止め身辺調査し、問題無しと判断されるとすぐさま婚約打診の文を送った。
己の生まれを充分過ぎるほど理解し、学び鍛錬する子供達。自己犠牲し、我儘のひとつも言わずいる様は、上に立つ者のしての資質はあるのだろう。
しかし、親としては思うのだ、願うのだ。
心も伴ってほしい、と。
自分の心を蔑ろにせずに大切なものを見つけてほしい、と。
親達は少なからず安堵したのだ。息子達にようやく心動かされる何かが兆したのではないか、と。
そう思わざるをえないほど息子達の瞳には小さく熱が灯っていた。
少女達は知らない。自分達が今後を憂い笑い考え吹っ切れた様子を見ている者たちがいた事を、そしてフラグを立ててしまった事を知らない。
知っていたらこう言っただろう。
「あー、やっちまったなぁー」
と、嘆いたに違いない。しかし、知らなかったのだ。物語はもう既に始まっている事を、運命の歯車は静かに廻り始めていた事を───
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