悪役令嬢の猫かぶり
谷絵 ちぐり
第1話 八年後の私たちへ
──その日少女達は思い出した
あの日の屈辱を
踏みにじられた悲しみを──
風薫る5月
王城では第一王子アルフレッド・ランドールの10歳を祝うガーデンパーティが開催されていた。
招待されたのは伯爵以上の同じ年頃の令嬢子息達、第一王子の婚約者選びでは?と勘ぐられても仕方の無い催しであった。
各家、我こそは婚約者に!側近に!と気合い充分の面持ちの中4人の少女達は互いを見つめあっていた。ざわめく会場の中、まるで喧騒が聞こえないようにただひたすら見つめ合う少女達。
分かってしまった、気づいてしまった、自分達の行く末を確信した少女達の心境は静かに荒れ狂っていた。
王家の入場が高らかに宣言された刹那、1人の少女が囁くように呟くように告げる。
「第1回緊急ミーティングを開催する。各自、準備出来次第集合する事」
言いながら、目線だけで庭園の隅にあるテーブルを促す。
見つめあいながら、少女達は大きく首を縦にふった。
庭園の隅にある白い丸テーブルには3人の少女が座っていた。
「ごめんなさい。遅くなっちゃったわ」
四人目が座り、給仕が紅茶をいれて下がっていく。
「とりあえず、自己紹介しましょうか」
緊急ミーティング開催者が言う。
「イザベル・シルヴァスタイン。公爵家よ。・・・・・・推しは・・・ほ、んぶっ・・・ふふっ・・・微笑みの貴公子アルフレッド・ランドールよ」
最後は早口である。
そして、隣へと目線で促す。
「ヴィオレッタ・ブルックス。侯爵家。推しは、氷結の貴公子ノクト・コールマン」
最初から早口である。
「エリーゼ・フェイマン。伯爵家よ。
推しは・・・み、魅惑の魔術士ハルバード・ロイズ!」
開き直ったようである。
「オリビア・ミラー。同じく伯爵家よ」
淑女らしく微笑むオリビアはとても愛らしかった。が、他の3人が許すはずがない。
「「「 ・・・言いなさいよ 」」」
「・・・推しは・・・じょじょ情熱の愛騎士カーティス・リードよ!」
顔が真っ赤である。
ぶっ、あっはははははははは!んふっ、ふふっふっふっ、あははははははは!!
「いやぁ、愛騎士には勝てないわー」
「微笑みだって、どこのソナタだよ!」
少女達は笑う。口を大きく開けて、眦からは涙をこぼしながら笑う。
笑って笑って、笑って・・・・・・
「なんで、悪役令嬢なの?」
もう誰も笑えなかった。
【両手いっぱいの愛をあなたに】
3000年の昔、魔王に支配されていたランス王国を救うべく聖女が降臨。
国を救った聖女は結界を張り国の未来を想い守った。
だが、結界に歪みが生じ始め国は聖女となる者を探し始める。
元平民の主人公が、聖魔法を開花させ聖女候補として王立学園に入学。持ち前の明るさと負けん気で攻略対象者達と距離を縮め、また聖女としての能力も高めていく。結界修復に必要なのは聖女の多大なる愛の力であった。
「ベタやな」
オリビアの前世は関西人であった。
「私達、推しの婚約者になるんだよね。そして、婚約者を奪われたくなくて聖女を害そうとして断罪される、と。みんなはどうしたい?」
イザベルが問いかける。
「どうするもこうするも強制力とやらで婚約者に選ばれるんじゃないの?そしたらあとはもういじめないようにするしかないと思うけど、そのいじめも強制力とやらが働けばもうどうしようもないと思う」
ヴィオレッタの言葉に皆沈痛な面持ちで頷いた。
風だけがそよそよと頬を撫でていき、時折庭園に咲き誇る花の香りが鼻腔をくすぐっていった。
「・・・ねえ、考え方変えない?強制力とやらが本当に働くのかどうかはわかんないけど、今!この世界に生まれ変わった事を楽しまない?幸いゲームの世界だからかしらないけど、攻略対象者以外もイケメンばっかじゃない?しかも、その攻略対象者の子供時代見れるってそれだけで役得じゃない?断罪は、まぁ、嫌だけど・・・」
吹っ切れたようにエリーゼは笑う。
確かに、ゲーム開始は15歳で王立学園に入学してからだ。だったらそれまでは自由なのではないか?声変わりする前の推しを見られるのもなかなか乙なものではないか?どういう育ち方をすればあんなゲロ甘寒い台詞を吐くことが出来るのか、それを婚約者として間近で見ることが出来る。そう思えば中々どうして楽しい気持ちになってくる。
「せやな。エリちゃんの言う通りかもしれん。先のこと嘆くよりこの世界を楽しもう。そんで、生きていこう。前世チートとやらもやらかそうやないか。いーちゃんとレッタンはどう思う?」
「「 なんで勝手にあだ名つけてんのよ 」」
「ええやん。可愛いし。いーちゃん、レッタン、エリちゃん。私はオンちゃんって呼んで欲しい」
ニッカリ笑うオリビアに3人は、なんとなくオリビアには敵わないな、と思いながら苦笑しつつ頷いた。
「まあ、でもオンちゃんの言う通りかもね。どうしようもないもの。それに、私ガチ勢じゃないから細かい所まで知らないっていうか大筋以外あんまり覚えてないわ。推しは微笑みだったけど、本命は別ゲーだったしね」
「「「 は? 」」」
イザベルの言葉に3人は固まった。
「ちょ、ちょい待ってよ。こういうのってスチル全制覇してます!イベント?全部知ってます!みたいなガチ勢が転生するんじゃないの?私なんて魔術士1回クリアしただけで、私も本命は別よ」
静寂が流れ、4人同時にぬるくなった紅茶を嚥下した。
「・・・このゲームガチ勢の人は挙手」
さすがイザベル、緊急ミーティング主催者であり家格も4人の中ではトップである。ただ、挙手する者は現れない。お互い顔を見合わせるだけである。
「・・・よっしゃ!考えんのやめやめ。なんとなく攻略対象者の婚約者になってなんとなく断罪されるんかなー、位の心持ちで。あとは流れに任せて強く生きていこうやないか!」
関西人は切り替えが早いのだろうか?いや、ただの楽観主義なのだろうオリビアの言葉になんとなく心が軽くなる。
あはっ、あはははははははは・・・
4人は笑った。ここがどんな世界であろうとも自分は自分なのだ。
生きる権利がある。ゲーム?強制力?上等じゃないか、好き勝手に生きてやる!4人の瞳にはもう迷いはない。
ひとしきり笑った後、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す。
「どうせなら、本命がいる世界が良かったなぁ」
呟いたのは誰だったのか。
皆一様に頷き、空を見上げる。
5月の晴れ渡った空に鳥が三羽風に乗って高く高く舞い上がっていく。
それはまるでゲームのプロローグのようであった。呟いた言葉は風に乗り咲き誇る花の匂いを纏わせ霧散した。
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