第16話

西暦20××年7月××日


 入院したままの俺は、病室で教師の監視の下に置かれて期末試験を終わらせた。

 授業に一切参加していなくとも、余裕で学年一位の順位を守り切った俺。

 学校では一部の生徒から、「長期欠席で授業も受けていないのに学年一位の成績はおかしい。カンニングなどのなんらかのズルをしたのではないか?」との声が上がったようだが、俺の過去の実績がそれを黙らせた。

 ついでに言うと、雅の入れ知恵で、俺が病室で試験を受けている時の様子は、監視カメラを設置して余すところなく全て録画されていたため、「疑うのなら録画されているデータを提供するから、好きなだけ検証しろ。提供については本人からの了承もある」と、学校側が言い放ったのも大きいのだろう。

 尚、何故か”当然のように雅が録画データの提供を学校に求めていた”という事実へは、「使用目的が違うんじゃないか?」と文句を言いたい。


 ちなみに、一位が俺だとバレたのは、万年二位の生徒が他の生徒が居る場で、とある先生に詰め寄って問い質したから。

 問い質されても、リークしたらいけない情報と思うのですが。




「具合はどうよ?」


 相田がお見舞いと称して俺の病室へ顔を出した。

 来てくれるのは嬉しい。

 嬉しいことに嘘偽りはないのだ。

 でもな、「手ぶらでお見舞いってのはどうなんだ?」と、思ってしまうのは俺だけだろうか。

 まぁ、来てくれるだけでもありがたいことなのかもしれないけど。


 あ、ちなみにだが、俺はこの病院で一番お高い料金設定がされている個室に入っている。

 なので、訪ねて来る人間は複数の入院患者がいる大部屋ほどには、他人に気を遣う必要がないのが利点だ。

 最初、「費用を全て負担する」って言い切った担任教師は、俺が部屋を移ったのを知って涙目になってたけど。

 もちろん、彼女に余分なお金を払わせる気はない。

 俺の我が儘で選んだ部屋代くらいは、自分で払うわ!


 そもそも、治療費自体は事故による怪我だから保険でカバーされるしね。

 新たな担任の、心意気だけは称賛しておこうか。


「骨折はもう完治した気がする。レントゲンで経過確認するのが明日だから、医者の見解はまだだけどな」


「へ? 大腿骨の骨折ってそんなに早く治るの?」


「そんなことは知らん!」


 下手なことを言うと1%ノートによる回復力強化がバレかねないからな。

 ここは、誰が相手であっても、「知らぬ! 存ぜぬ! 顧みぬ!」で押し通すが吉であるだろう。

 まぁ、最後のひとつの「顧みぬ!」は意味不明で無関係だが、なんとなく足しておきたい。


「成績良いくせに、そういう知識はないのかね? 君は」


 ちょっと呆れ顔に変わった相田が、容赦なく俺への追撃に出た。

 俺が入院患者だってことを、こいつは忘れているのではなかろうか?

 まぁ良い。

 金持ちは喧嘩をしないのだ。

 無駄な争いは疲弊するだけで、何の得もないのである。


「俺を煽っても無駄だぞ。必要なことなら今後学ぶさ」


「相変わらずクールなことで。あ、そうそう。体育大会の件は綾籐君が作ってくれた資料を元に話を進めて、すんなりと全部決まったよ」


 参加競技への人員の割り振りを、立候補でまず埋め、残りは俺が各人の適性を考慮して仮の割り振りをしておいた。

 いわゆる、俺推薦って奴である。

 もちろん、競技種目に対して単に名前を上げただけではなく、個人の特性などの割り振った理由を簡単にまとめてある。

 それでも各人が納得しなければ、後はくじ引きって手順にした。

 幸い、すんなり決まったようで何よりだ。


「そっか。なら良かった。俺が居ないから相田の負担が増えてて悪いな」


「ううん。全然だよ。他のクラスの子に聞くと、決めるのがもっと大変なとこばっかりみたい。綾籐君はすごいねぇ。学校に来なくても、お見通しでコントロールできちゃうんだ」


「去年の経験の賜物かな」


 話がなんとなく一区切りになったところで、相田は退散して行った。

 退屈で平穏な時間が戻って来る。

 入院中は、暇に任せて中学二年生の学習内容を全て網羅し終えた。

 1%ノートを自宅から運んでもらうために選択した手段が、「机の引き出しに入れてある教科書とノート、参考書、問題集などなど、とにかく全部持ってきて欲しい」と、母さんにお願いしたせいだ。

 だからと言って、ニヤニヤしながら隠し持っていたソフトなエロい写真集まで持ってくる必要はなかったと思う。

 俺は、ガチのお下劣な特殊性癖系の本を隠しているタイプでなくて良かった。

 世の中何が起こるかわからんからね。


 今後はできる限りの想定と対策が必要なのかもしれん。

 1%ノートも見られて検証でもされたらやばいしな!

 あれは、ご丁寧に使用方法の解説付きなだけに、所有権の奪い方まで考えればわかってしまう危険なブツだ。

 まぁ、俺はもう生涯食べるに困らない大金を手に入れているし、素の能力の強化だってそこそこ済んでいる。

 もちろん、まだまだノートを利用したい気持ちはある。

 けれども、仮に今すぐに1%ノートを失ったとしても、それで詰むレベルで困るわけではないんだよな。

 いや待て。やっぱりだめだ。

 書いてある内容を、三十日が経過して消える前に他人に読まれたら、悶絶して一人旅に出たくなる自信があるから。




「骨が綺麗にくっついて治っているのもおかしいんだが、もっとおかしいのが、固定していた部分の筋肉の衰えがほとんどないって点だ。綾籐君。君の身体はどうなっているんだね? 是非詳しい検査を」


 眼鏡美人の女医さん。

 俺は、「主治医がこの病院の院長の娘さんで、いずれは院長になる」って話を個人的に仲良くなった看護師さんから聞いている。

 そんな人物の発言が、物騒過ぎて何気に怖い。

 俺、解剖とかされたくないんですけど。


「いえ、俺はモルモットじゃないので嫌です。治っているなら退院させてください」


「いやしかし、リハビリというのも」


 中学生に、「目的が別にあるだろ!」ってあっさり悟られるようでは、交渉や説得として最初からダメだと思うんだ。

 だから、俺の答えは決まっている。


「少々筋肉量が減っただけでしょ? 右手は利き腕だから使っていれば自然に戻りますよ。右足も同じだと思いますが?」


「そうか。残念だ。けれど、費用の支払いが完了しないと退院はさせられない。とりあえず血液検査でも」


 こじ付けてでも諦めない姿勢は、俺に迷惑ではある。

 けれども、そういう諦めない姿勢の人間には好感を持ってしまうんだよね。

 だって、俺が正にそんな感じだからさ。

 諦めが悪い男なのを自認しているので。

 でも、それはそれ。これはこれ。

 キッパリお断りさせて貰うよ。


「いやいや、それ、必要ありませんよね? 必要のなさそうな医療行為は拒否する。で、費用ってか、請求書を早急に作ってください。お金はそれなりにもう用意してるんで、即金で払いますよ」


「結構な金額になるはずだが、払えるのであれば退院は止められない」


 そんな流れで俺の退院は決まった。


 後々の話を先にすると、「俺のスタンドプレイでお金を支払って退院手続きを終え、タクシーを呼んで俺一人で家に帰ろうとしたのは正解だった」と思う。

 母さんや麗華、担任教師あたりが同行者になっていれば、彼女らも事故に巻き込まれていただろうから。


 俺が乗ったタクシーの運転手が運転中に心筋梗塞を発症させ、亡くなることで車両が大破する単独事故起こしたのは、不運以外の何物でもないのだろう。

 俺以外の人間が乗客として乗っていたら、死んでいたかもしれん。

 あるいは、全く別の場所で、他者を巻き込む大事故を起こしていた可能性もある。

 そう考えると、被害者が少なくなったという意味では、世の中の役に立ったのかもしれない。

 今度は左半身側に重大なダメージを負って、俺が病院に逆戻りするハメになったことを無視するのならね!


 病室まで出張してくれて、お祓いとかしてくれるサービスってどっかにありませんかね?

 わりとマジで、頼みたいんだけど。



「(美人女医の研究材料にされるフラグなんて求めていない~)」


 心の中だけで俺は叫んだ。

 俺の聖域ではないが、病院で俺の馴染みの一室と化した個室での出来事。

 意識を取り戻したのちに、自身の置かれた状況を把握できた段階で、俺の最初の魂の叫びはそれである。

 俺の容態を心配して駆けつけたであろう母さんと麗華には悪いが、二人とも寝ているし、気づかれることはないはずなので許していただきたい。


 猛暑もうしょの候。

 とある一日。

 まだ七月にも拘らず、梅雨が明けてからは真夏日や猛暑日が続いている。

 母さんと麗華が目を覚ましたのちに、俺の命が助かったことを喜ばれた。

 まぁ、その後は俺へのお小言をしっかりといただいたのだけれど。

 朝になって二人が帰った後に病室を訪れた担任の女教師からは、またしても土下座の謝罪を受けた。

 彼女に「謝るべき罪状などない」と俺は思うのだが、「元々入院するような事態が発生していなければ、こんなことは起きていない」と、言われてしまえばどうしようもない。

 俺がどう考えようが、彼女の中ではそれが真実なのだから。

 幸い、1%ノートはこの病室内に俺の手荷物として戻されてる。

 書き込みができるのなら、あとは有用な内容を考えれば良いのだ。

 主治医や一部の看護師には俺の回復力の異常性がバレている。

 ならば、ノートの使用を躊躇う必要はないだろう。

 病院の個室の見慣れた天井へ視線を向けながら、俺は1%ノートに書き込む内容について無い知恵を絞るのだった。

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