帝国公爵と魔王軍幹部

代表者選抜戦が終わって一週間後、マスカーレ家別荘にて。

放課後レイヴンが屋敷に帰ると、鍵がかかっているはずの扉が開いていた。父親、マスカーレ公爵が一人の用心棒を連れて屋敷を訪れていた。


「父上、どうしてここに!?」


レイヴンは顔を引きつらせる。レイヴンは父親に顔を合わせたくなかった。後ろめたいことがあったからだ。


「帰ったか我が息子よ」


一時的にレイヴンに貸し与えているとはいえ、もともとこの屋敷はマスカーレ公爵のもの。当然自分の家のように振る舞う。談話室のソファに腰掛け、グラスを片手にワインを嗜む公爵。

レイヴンが恐る恐るそこに近づいていく。


「言われなくてもわかっておるだろ」

「それは……その」

「代表選抜戦、しっかりとやらかしてくれたみたいだな。代表から漏れおって、この痴れ者が!」

「ひいいい!!」


グラスを投げつける。飲みかけのワインがレイヴンのコートにかかる。割れたグラスは用心棒の男の魔法で塵になる。


「それに加えてたったの2回戦で敗退だとおお〜? 恥を知れ、この愚か者!!」


マスカーレ公爵は手下のものから情報を得ていた。試合を直接見たわけではないが、試合結果の報告は受けていた。

レイヴンが2回戦で、それも一番下のFクラスの平民に負けたと知ったときは血管がブチ切れそうになった。

親善試合の場でウェルセリア国王にレイヴンを売り込む。その目論見は幻となった。自分の期待通りに結果を残せなかったレイヴンを叱るため、わざわざ数日かけて帝国から王国まで足を運んできたのだ。


「すみませんでした、すみませんでした!!」


公爵の圧に押され、レイヴンは何度も頭を下げる。レイヴンは目上の人間には弱いのだ。


「お前もフレン姫も学院に通う歳となり、今こそが頃合いだと思っていた。だが、これまで吾輩が積み上げてきたものは全て台無しになった! 平民に負けるお前なんかに国王様が見向きすると思うてか!! まったく次期マスカーレ頭首としての自覚が足りん!!!」

「二度とこのような失態はおかしません! どうか、どうかお許しを……」


レイヴンは長きにわたる父親からの説教を受け続けた。説教は30分程続いた。


「さて、今回はこのくらいで勘弁してやろう。一番の問題はお前をやった平民の男だ」

「そ、そうです! あいつ卑怯な武器を使うんです!」


矛先がジュール・ガンブレットに向かうと、レイヴンは矛先が自分に戻らないようすぐさま便乗し始める。


「かなり厄介な固有武器を使うそうだな。悪運で決勝まで進み代表に選ばれたと。お前より強いその男は間違いなく国王様に向けてアピールするだろう。そうなるとフレン姫を手に入れるのは絶望的になる! くそう! その男さえいなければぁ……」

「ジュール・ガンブレット……。あの平民野郎が」

「事情はある程度聞いていた。そこでこの者を雇うことにした」


用心棒の男。背の高い筋肉質の男。ボサついた赤髪に鋭い緑の目。高く鼻筋の通った鼻。尖った耳には金のイヤリング。アラビアンな服装に灰色の皮膚。ダークエルフであるその男の名をバアルという。


「彼が貴公のご子息ですか。はじめまして。自分はバアルだ」

「バアルってまさか……」

「そうだ。魔王軍幹部を務めている」

「っ!? 父上これはどういう……」


レイヴンは状況の理解に追いついていない。

この用心棒の男が魔王軍の幹部であることに驚いているのではない。

なぜ魔王軍の幹部ともあろうものが自分の父親とこんなお互いに見知ってそうな関係にあるのかということに驚いている。


「そういえば教えてなかったな。見ての通りだ」

「これは大人の事情……帝国と魔王軍は仲良しなんだよ。特にマスカーレ殿には昔からお世話になっている」

「あ、う」


4大国の更に北を支配する魔王軍と交戦を繰り広げるノーザンド帝国。レイヴンとしても魔王軍は倒さなければならない敵という認識で育ってきた。しかし実のところ帝国と魔王軍が仲良しだったという。積み上げられた常識をひっくり返された気分になるレイヴン。衝撃のあまりは言葉が出ない。


「それで、自分への依頼とはなんでしょう? まだ聞かされておりませんが」

「これから説明する。二人ともそっちに座るのだ」


向かいのソファに座らされるバアルとレイヴン

マスカーレ公爵はふんぞり返ると話を続けた。


「フレン姫を我らがものにする最後の手だ。強硬手段に出る。レイヴンよ、姫と既成事実を作れ」

「しょ、正気ですか父上!?」


レイヴンは驚きと同時に少し顔が赤くなる。レイヴンは少し前のめりになる。


「ああ。帝国まで拉致すればいくらでもやり放題だろう。相手は王族。できちまえば堕ろすことなどできんだろ」

「そうですか、フレン様と……ふふっ」


ちょっといやらしいことを考えて鼻の穴が広がってしまうレイヴン。


「吾輩らが全力でサポートする。そこでバアル殿に協力を依頼したい」

「なるほど。フレン・ウェルセリア王女の誘拐に手を貸せと?」


ワイングラスを片手に足を組みながら話を聞くバアル。


「マスカーレが王座につければそれでいい。金はいくらでもやる。不満か?」

「いえ。むしろ光栄すぎて。ふふっ……おっといけない。つい笑いが」


バアルは気を落ち着かせるためワインを一口啜る。


「それと……ジュール・ガンブレットの始末もお願いしたい」


そう口にしたのはレイヴンだった。初めての殺人依頼。レイヴンは少し迷った。しかし、レイヴンには代表選抜戦で酷い目に合わされたことの恨みがあった。レイヴンはこの男なら遂行できると判断した。


「ほう。まさか貴公がそう申すか。同じ学院の生徒なのだろう? 死んでもいいのか?」

「はい……大丈夫です」

「面白い、引きけてやろう」

「ありがとう……ございます」


人殺しの依頼をしたことがないレイヴンはこのときとんでもない依頼をしてしまったと思った。生まれてはじめて殺人依頼をしたという実感に妙な胸騒ぎがした。


「時期はヤマトとの交流会、学院が親善試合で盛り上がっているところを魔王軍に奇襲してもらう。騒ぎに乗じたところ吾輩とレイヴンでフレン姫を捕縛し、バアル殿はジュール・ガンブレットの暗殺する。異存はあるか?」

「いえ。ちょうど学院にはペットのバハムートをやられた借りがあるので」

「契約成立のようだな。金はたんまりと払う」

「ははっ。このバアル、全力で任務をこなしましょう」

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