亀と魔力弾

代表選抜戦が終わり、月末のヤマト皇国との交流会までは普通の授業が続く。


この日は《魔法基礎》の授業を受けていた。

魔法系の授業といえば、魔剣士のフレンが《魔法学》や《属性理論学》などを履修しているが、それは応用クラスの授業。

冒険者として生きるためには魔法は必須。最低限の基礎は全員学ばなければならない。《魔法基礎》は必修科目となっておりクラス単位で受けることになっている。


今日のお題は魔法の出力制御。訓練場に用意された丸い的に魔法を当てる演習だ。

この授業の担当は緑髪でローブ姿でメガネをかけた知的な雰囲気のある魔法系専門のマドリア先生。28歳独身彼氏募集中だそうだ。


「魔法とは魔力を媒体に現象を引き起こす術です。事象を想像し、魔力を凝縮、最後に出力。例えばこんなふうに。水よ水球となれ、ウォーターボール!」


まずはみんなの前でマドリア先生がお手本を見せる。ファイアボールでは火の始末が面倒なのでこの授業ではウォーターボールを使う。先生の放ったウォーターボールは勢いよく的のど真ん中にヒットする。威力、コントロールともさすがは魔法専門の先生といったところだ。


「コントロールだけではダメです。いくら的のど真ん中に当てることができても、魔力強度・出力速度が低ければ意味がありません。自分の出せる限界を維持しながらコントロールを維持するのです」


「くっ、早さを意識しすぎると魔力強度を保持できない!」

「私はコントロールを重視しすぎると出力速度が遅くなってしまう」

「先生これ難しいー!」

「あー、また失敗だー」


魔力強度、出力速度、コントロール。この3つの要素を維持することは難しい。魔法基礎の授業といえど、その内容はなかなかに高度。クラスメイトたちも苦戦の声であふれる。


「ウォーターボール!」


ポスッ


「今のアリスか?」

「うう、魔法は苦手なんです」


アリスは魔法が苦手らしい。

頑張って魔力をひねり出そうとしているが上手くない。身体能力、物理攻撃至上主義の亜人の国サウン共和国出身の彼女にとっては苦手分野か。


さて、俺もやって見るとしよう。

頭の中で水玉をイメージし、魔力を込めて具現化。するとポコポコと音を立てながら手のひらのうえに小さな水玉ができあがる。最後にこれを目の前にある的に向けて発射する。


「ウォーターボール!」


ザブーンッ


大した勢いではないが、見事命中。


「わあ、ジュールさんはそこそこできるんですね」

「人並みかな。特に鍛えてるわけではないし」

「意外ですね。ジュールさんといえばいつもの武器しか想像つきませんでしたから」

「普段リボルバーを使っているのは消費する労力が最も少なくですむからだ」 

「合理的なんですね」


ジュール・ガンブレットは魔法が使える。探索授業のときも水魔法と炎魔法を使ってシャワー浴びていた。生活魔法はある程度できるようにしている。便利だし楽だからな。


「ウォーターボール!」


ザッバアアアーーンッ


向こう側で一際強い衝撃を起こすものが。魔法を放った主はフレンだ。


「はあー、濡れてしまったわ」


勢いがありすぎて、的を跳ね返った水がフレンのドレスにかかる。フレンはため息をついた。


「さすがフレン様!」

「すごいでござるよ!」


これにはクラスメイトたちも褒め称えずにはいられない。


「素晴らしいですねウェルセリアさん。速度、強度を維持したままここまでの制御ができるとは。さすが王族でございます」

「そんな。大したことはありませんよ。……ヘックシュン!」


先生に褒められたフレンは少し照れくさそうにしていた。


「それでは今日の授業はここまで。来週は実技テストを行います。お題はウォーターボールの出力制御です。補習にならないようにしっかりと練習してくださいね」


いつもより難易度が高めのテストが予告されて、授業は終了した。




来週に実技テストを控えているが、特に何の対策をするわけでもなく休日を迎えた。

休みの日は早起きしなくていい。ゆっくりと朝支度をしたい。食材は昨日のうちに買い込んだ。今日は一歩も部屋から出ないつもりだ。今日はなんとなく外に出たくない日。そういう日って誰にでもあると思う。


ピンポーン


なんて考えているときに限って面倒ごとが起きる。早速部屋のインターホンがなってしまった。アリスが訪ねてきた。約束はしていない。今日のアリスは白虎のコスプレ、狩りに行く気満々だ。


黒岩亀こくがんがめを倒しに行きましょう」


デートのお誘い。やった、女の子と二人きりでお出かけだ。


「だが断る」


今日はそんな気分じゃない。誘うならフレンにしてくれ。


「せめて来週でもいいか?」

「それじゃあ遅いんです。補習になってしまいます!」

「ん? 話が見えない」

「あ、えっと実はかくかくしかじかで――」


話を聞いてみると、亀のコスプレを作りたいということだった。なんでもその黒岩亀は水魔法ウォーターボールを使用することができるそうだ。アリスの作る着ぐるみは、衣装を着衣するとそのモンスターの有している能力を使うことができる。来週の魔法基礎の実技テストを乗り越えるためにも、ウォーターボールが使える黒岩亀の素材が必要。そのために討伐に行かなければならないということだった。


「俺がついていかないといけないのか」

「言っておきますがババ抜きしたこと許してませんよ?」

「わかった。ついていこう」


ニッコリとそう言われても脅しにしか聞こえない。もちろん断れるわけがない。

でもこれでババ抜きの件を許してくれるなら安い買い物だ。この日は完全なる引きこもりをする予定だったが、結局出かけることになってしまった。俺はリボルバーを用意して部屋を出た。


「ごめん、私は風引いたからパス」


隣人のフレンは体調不良のため来れなかった。

 

 

黒岩亀の出現する場所は王都から少し南に進んだ先にある《ゲンブ湿原》というところである。泥水でできた汚い湿原地帯。黒岩亀やゲンゴロー、泥魚、ジメガエル、ウパルパといったジメジメした小型モンスターが多く生息している。家を出て2.3時間で到着した。


「おや? ジュール殿でござるか!」


湿原に到着すると、すでに先客がいた。坊主侍のヨシマサだ。ヨシマサは刀を振り回しながらジメガエルと戦っていてた。ジメガエルに止めをさすと汗を拭い、こちらへ駆け寄る。


「見ての通り修行をしていたでござる。この湿原はぬかるんでいるゆえ、足が取られやすい。そういったところでも対応できるようにと」


顔に似合わず結構真面目なやつだな。


「ジュール殿たちはなにゆえここに?」

「黒岩亀の討伐だ。素材を集めたくてな。よかったら一緒に来ないか?」

「なるほど。もちろんいいでござるよ」


親指を立ててスマイルしてくれたので、こちらも親指を立て返す。仲間を確保できたことは素直に嬉しい。人數は大いに越したことはないからな。



さて、黒岩亀はCランク相当で平均よりも強めのモンスター。体長は1m〜2mで分厚い皮膚に黒い甲羅を背負った亀である。

水生生物なのでウォーターボールをはじめとする水魔法を得意としている。そして何よりもの特徴は硬い甲羅による防御だろう。

泥沼を探ると簡単に見つけることができた。


「あれが黒岩亀。見つけました!」


黒岩亀を見つけたアリスが飛びかかる。


「虎拳!」


ガンッ


「あいったー」


硬い甲羅に拳を弾かれ、涙目になるアリス。拳をフーフーとする。


「それなら次は拙者の番でござる。居合斬り!」


キンッ


ヨシマサによる斬撃攻撃もあっけなく弾かれる。


「ああ、拙者の大事な刀にヒビが〜」


ヨシマサも違う意味で涙目になる。

アリス、ヨシマサの攻撃が黒岩亀の硬い甲羅によって弾かれた。物理攻撃が一切通じない。非常に硬い防御力。


「全然倒せない。まさかここまで物理攻撃が通じないなんて」

「拙者の刀攻撃も効かないとは。曲者でござるな」


甲羅によって弾かれる。それならはじめから甲羅以外の、甲羅から出ている顔や手足をねらえばいいのではと思うかもしれないが、その甲羅には強力な挑発効果がついている。

顔を狙って攻撃したつもりでも無意識に甲羅の方に向いてしまうのだ。


バンッバンッ


ガンッガンッ


実弾を打っても簡単に弾き返されてしまった。敵が硬すぎると途端に無力になる。これもリボルバーのデメリットの一つだな。


「ここは仕方あるまい。魔法攻撃で行くでござるよ!」

「私は魔法がほとんど使えないです」

「そうでござったか。ならジュール殿、二人で行くでござる」

「わかった」

「ウインドカッター!」

「ファイアボール!」


ヨシマサがウインドカッターで俺がファイアボール。

黒岩亀がのけぞる。少しダメージが入ったみたいだ。

しかし所詮は凡人レベルの魔法攻撃。決定的ダメージには至らない。黒岩亀を倒すには俺たちだけでは威力不足すぎる。

ああ、こういうときにフレンがいてくれたらどれだけ助かったことか。その人の良さはその人がいなくなったときに初めてわかる。


「まずいです。このままでは補修になってしまいます。なんとかしなければ」


焦ったアリスは何度も虎拳をくりだす。しかし結果は変わらない。

アリスに続き、ヨシマサと俺も魔法攻撃を継続する。

しかし、ここでヨシマサが魔力切れ。


「ああ、もう魔法撃てないでござる」


ヨシマサは諦めて膝に手をつく。

かくいう俺も魔力があと僅かだ。

まさかこんなに苦戦する相手だったとは。Cランクのモンスターといえど、相性が悪ければこれほどにも苦戦を強いられる。


「こうなったら撃ちまくる」


最終手段、実弾連射だ。

内ポケットからニ丁目のリボルバーを取り出し、二刀流になる。亀を倒せるまでひたすら銃弾を放ちまくる。


バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッ


ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ


「あ、銃弾が切れた」


やべ。持ってきていた弾丸がなくなってしまった。いよいよ銃技も使えなくなった。万事休すか。


「それは誠でござるか!?」

「ああ、こんなこと初めてだ」


ゴム弾合わせて100発用意してきたが尽きてしまった。銃の使えない俺は一般兵士以下の存在。非常にまずいことになってしまった。


そんなときアリスが手を挙げる。


「あの、弾丸の代わりに魔力を充填することはできないのですか?」 


それは盲点だった!


「それだ! 撃つ弾はゴム弾か実弾に限らなくていいではないか。今ままで気づかなかったぞ」


その発想はなかった。魔力を弾にする。どうなるかはわからないが、やって見る価値はありそうだ。


早速魔力を練り始める。

リボルバーに充填できるよう、銃弾サイズに高密度に圧縮させる。

こないだ魔法基礎の授業で習ったばかりだ。事象をイメージし、魔力を込めて具現化する。

リボルバーの充填口に炎の魔力弾を生成させることに成功した。試しの一発だけだが、これで充填完了である。


「食らえ!」


ブオーンと音を立て、レーザー光線のような一直線の軌道を描きながら弾は発射された。


「カメエエエ!」


あれだけ苦戦した黒岩亀をたったの一撃で仕留めた。

思った以上に強力な一撃だった。


「さすがですジュールさん!」

「凄いですござるよ、ジュール殿!」


アリスとヨシマサがまるで自分のことのように飛び跳ねて喜んだ。


「ありがとう。アリスのアドバイスのお陰で新しい技を覚えることができた!」

「どういたしましてです」

「お礼といってはなんだが、あとのことは俺に任せしてもらえないだろうか?」

「はい、もちろんです!」


その後俺たちは黒岩亀を討伐しまくった。

たくさんの素材を集めることができて、アリスも満足してくれた。


「それにしてもいい技を会得した」


魔法基礎で習ったことだ。魔法を発動させるときには、速度やコントロールも意識しなければならない。

しかし、リボルバーがあれば速度とコントロールを補ってくれるのだ。ゆえに俺は魔力強度を高めることだけに専念できた。平凡な魔法技術しか持たない俺でも、相当な威力の魔法を発動させることができた。


「この技を魔力弾と名付けることにする」

「いいじゃないですか、魔力弾。素敵です!」

「うむ、強そうな響きでござるよ!」


変なネーミングセンスって煽られるかもしれないと思ったが、普通に賛成してくれた。


「素材も集まりましたし黒岩亀のコスプレも来週までには作れると思います。試験突破できそうです!」

「それはよかったな。それじゃあ帰るか」


ゴゴゴゴゴゴッ


突然地響きがなる。地面が揺れ動く。

 

「よくも我が分体を駆逐してくれたな人間!」


地鳴りとともに地面から超でかい亀が現れた。


「我が名前は玄武。この湿地帯の主である!」


全長10mくらいはある巨大な亀、名は玄武。

どうやら俺たちはこいつの甲羅の上で戦っていたらしい。

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