探索授業 討伐勝負

テント内でカードゲームをして遊んでいたところに、レイヴンのパーティが押しかけてきた。

時間は夜10時を回っている。こんな遅い時間に訪ねてこれらても困るのだが……。


「何の用件だ? 今ちょうどトランプをやってて忙しいからすぐに帰ってほしい」

「トランプだとおお!? 貴様、彼女たちを侍らせて遊んでるんじゃあねえぞ!!」


カードを持った寝間着姿の俺たちの姿を視認すると、レイヴンの顔が一気に歪む。そして持っている槍を地面に何度も突き刺す。


「そもそもトランプやろうと言い始めたのは彼女たちであって。変な言いがかりをつけないでほしい」

「うるさい! こんな美少女たちと同じテントの下でイチャイチャしながらゲームを〜!」


いや別にイチャイチャなんかした覚えはないぞ。真剣勝負をしていただけだ。


「平民ごときが!! ぐぬぬぬ〜、許せん!!」

「ああー。どうか落ち着いてくださいレイヴン様。勝負に勝てば王女様は手にすることができるのですから。ここはどうかご冷静に、ご冷静に!」

「ああすまないラット。少し熱くなりすぎた」


ラットと呼ばれた子分の一人に諭され、親分は正気を取り戻す。


「まあ貴様が彼女たちとイチャイチャできるのは今回限りだ。ボクたちとの勝負を忘れたわけではあるまい? 貴様はボクに負ける。そしてフレン王女様はボクのものになるからだ!」

「あなたのところに行くつもりなんてないわ! 勝つのは私達よ!」

「これはフレン様。とんだ照れ隠しを」

「照れ隠しなんかじゃないわ!」

「ま、それはどっちでも良いでしょう。マスカーレ家とウェルセリア家――帝国と王国のさらなる繁栄のため、ボクとフレン様は結ばれる運命にあるのですから」


つまりは政略結婚的な?

これについて王宮の人間であるシズノさんにも意見を伺いたいところだが、シズノさんはだんまりしている。ひょっとしたら何か知っているのかもしれない。


「ここに来たのはお互いの状況を確認し合いたいと思ってねえ。それでぇ? 君たちのパーティは今日何ポイント獲得したんだい?」


自損満々にレイヴンが聞いてきた。


「70ポイントだ。フレンもアリスも頑張ってくれたおかげで結構稼いだぞ」

「クックック、そうかいそうかい」


俺たちのポイントを聞くと、レイヴンはニンマリする。

あー、これは負けてるやつだ。


「カバンを取りに行かせてくれるなら、一応証拠の魔石も見せられるけど?」

「ああ大丈夫だよ」

「お前たちはどのくらい稼いだんだ?」


俺達より上なのは間違いない。

80ポイントか? 90ポイントか?


「アーハッハッハ! 100ポイントだ!!」

「なんですって!!」

「私達よりも……」

「証拠もある! これが魔石だ!!」

「そんなバカな!?」

「こんなの……信じられないです!」


あり得ないほどのハイペース。

この自信アリアリな様子だと他のパーティから魔石を恵んでもらったという線も考えにくい。

目の前につきたてられたことは現実だ。これはフレンを我が妻として迎えようとする貴族の執念の力。

外面は良いが性根悪い、そんな典型的な悪徳貴族のような嫌な感じある男だがその実力は確からしい。シルバー先生に勝った生徒であることも納得できる。


「正直ここまで稼いでくるとは想定外だった」

「そのわりにはあまり驚いているような顔には見えないけど? ああそういうことか。絶望しすぎて無表情になったのね、残念☆ それじゃあ気分もスッキリしたしボクたちはこれで失礼するよ。明日も一生懸命頑張ることだね☆ といってもー? ボクたちが今以上に突き放すだけだけど☆」


レイヴンは終始ニヤニヤ顔をと途切れさせることなかった。そのまま後ろを向き手を振りながら去っていった。


「ああどうしよう、私……」


レイヴンたちがいなくなると、フレンがその場でへたれこむ。

最初の半日、彼女も懸命にポイント稼ぎに努めた。しかしそれでもあの男よりも上を行くことはなかった。

狩りのスピードではレイヴンの方が上手だった。それが彼女にとっては予想外のことだったのだろう。フレンにとっては受け入れがたい現実。

もちろんフレンだけではない。アリスもフレンのそばで同じような感じで落ち込んでいる。


「と、とりあえず眠りましょう。明日になれば何か逆転する方法が思い浮かぶかも……しれません……ので」

「そ、そうね」


そう言ってフレンたちはひとあしさきにテントの中に戻っていく。


「ジュール様、あちらで少しお話よろしいでしょうか?」


そんな彼女たちの様子を見て何かを決意したように、シズノさんが俺を別の場所に案内した。





「ジュール様、どうかフレン様が帝国の手に落ちないよう助けてくださいませんか?」


フレンちから聞こえないところまでつらてこられると、突然そんなことをお願いされた。


「それはレイヴンとの勝負に勝ってくれということですか?」

「左様でございます。あの方はノーザンド帝国でも上流貴族マスカーレの者。マスカーレには昔から何度も見合いの話を持ち出されていました」


そして始まった婚姻関連の話。やはりシズノさんはそのへんの事情を色々と知っていたらしい。


「あの紫になびく長髪を見てすぐに彼がマスカーレの者だとわかりました。彼をフレン様の婿とさせることで帝国はさらに統治を広めたいと考えているのでしょう」

「それはフレンと結婚することで王国を内部から徐々に支配しようと企んでいるってことですか?」

「そうなりますね」

「帝国は野心的なんですね」


大陸を統べる4大国。東のヤマト、西のウェルセリア、南野サウン、そして北のノーザンド。

その中でもノーザンド帝国は最も規模の大きな国。武力、文明、知識に秀でた帝国は日々勢力を拡大している。それでもなお飽き足らず、ウェルセリアまでも手中に治めようとしている。


「確かに帝国は野心的ですが、魔王軍の進行を中心となって食い止めてくれているのも事実です。感謝されるべき国です。この先魔王軍と渡り合って行くために4つの国を吸収する、という考えは理にかなっていると思います。ですがそういった事情にフレン様の人生を縛りたくはないのです。フレン様にはフレン様の望む方と結婚してもらいたいのです」


シズノさんは終始真剣な面持ちで話を続けている。

この人は国の政治的なことなんかよりも、一人の女の子としてのフレンのことを第一に考えてくれている。本当にフレン思いの良いメイドさんだ。


「私は小さい頃からフレン様のそばにいましたから。彼女のことはある程度わかっているつもりです。例えば、ジュール様とお会いしたあの日、馬車の中でフレン様はジュール様の固有武器を夢中でお触りになられていました。あんなに楽しそうにしているフレン様は見たことがありません」


え、あれで楽しそうなのか?


「いつも他のクラスメイトたちと笑顔で話していますけど……」

「わからないですか、あれは単なるビジネススマイルですよ」


王族仕込みってやつか。王族は外交を大事にしなければならないからな。


「そうだ。いいこと教えてあげましょう。フレン様はあなたの見ていないところで、あなたのことをチラチラ見てますよ」


え、そうなの?

あいつそんなに見てきてるのか。そう言われるとなんか恥ずかしくなってきた。


「そしてフレンさんはジュール様を……」

「いや、それ以上は言わないでください」


本能的に拒否してしまった。次言われるセリフをなんとなく予想してしまったからだ。


「ごめんなさい。今までそういった目で彼女のことを見たことがなかったです。というか俺の予想が正解とも限らないです。この先のことは……いずれその時が来たら直接彼女に聞いてみます」

「ふふ、そうですね。まだそういったことはジュール様には早いかもしれませんね。余計な口を挟んでしまいました。ごめんなさい。ですが、彼女がマスカーレ……いや帝国の手に落ちてしまわないようどうかご協力だけはお願いしたく存じます」

「当然です。フレンは俺の大切な友達なので」


そうして俺はここからレイヴンたちに逆転するためプランを考えることにした。



翌朝、探索二日目。

俺たちは朝5時の早朝に起床する。


「早い朝だが、今ならまだ逆転できる可能性がある」

「それは本当なのジュール?」


フレンの質問にコクリと頷く。

 

「今から5層のモンスターを狩り尽くす」


俺たちのパーティ、それとレイヴンのパーティ。たったの6人で200匹近くのモンスターを倒した。それ以外にも5層を回るパーティはある。おそらくクロードのパーティも5層を回ってただろう。

それにシルバー先生の説明にもあったようにこの授業の目的は地下1から5層を制圧する、ということ。

制圧することが目的なら、制圧できるほどの数しかモンスターは棲息していないということになる。各層精々2、300匹が限界だろう。

5層のモンスターは初日の段階でかなり討伐された。そう考えると今の段階でこの層に残っているモンスターの数はかなり少なくなっているはず。

つまり、そのことに早く気づけるかどうかが今回の勝負の分かれ目。


「急いで5層を制圧し、レイヴンたちが気づくよりも先に4層に上がる。そしてあいつらが取りそうな進路を先回りして先に狩る。異論はあるか?」

「いいえ。ジュールを信じるわ」

「そうですね。なんだか本当に逆転できる気がしてきました」


朝食を済ませると、早速作戦を実行することにした。


「アリス、俺たちが乗っても大丈夫だよな?」

「ああはい。大丈夫ですよ。3人までなら乗せられます」


白虎姿のアリスが四つん這いになるとその背中に跨る。

座り心地は完璧。すごいモフモフだ。尻尾もある。少し気になったので触ってみた。


「んひっ……ちょっと何触ってるんですかああ!バカああ!!」


尻尾を触るとアリスが変な声を上げた。珍しくアリスに怒られた。どうやら触られるとは嫌らしい。これからは注意しておこう。

とりあえずごめんなさいと謝った。そして俺とフレンが乗ったことを確認するとアリスは駆け始めた。




迷宮の中を白虎に扮したアリスがすごい速さで駆け回る。

モンスターを見つけ次第、遠距離から俺がリボルバーで銃撃していく。


バンッバンッバンッバンッ


ハイオークもワイルドウルフも関係ない。実弾で急所を銃撃されたモンスターは一撃で沈む。モンスターの亡骸の前で一時停止し、フレンが魔石を回収。そして再び発進する。

この流れを繰り返すこと1時間。俺たちは70ポイントを獲得した。


「たったの1時間で昨日のポイントに並んでしまった。これがジュールの本気……」

「驚きました。まさかジュールさんにこんな力があったなんて」


フレンとアリスはともに呆然としている。


「どうやら5層は制圧できたようだな。4層に向かうぞ」


この作戦によりこの日レイヴンチームが稼ぐことができるポイントはせいぜい50ポイントが限界だろう。相手はトータルで150ポイント。そして現在こちらは70+70の140ポイント。念の為200ポイントまで取っておこう。

作戦どおりレイヴンたちが狩場にしそうなところを先に狩り、その後はいつもの調子で探索を行った。

夜を迎える頃には計242ポイントが貯まっていた。




俺たちは明日すぐにベースキャンプに戻れるよう、1層に昨日と同じような拠点をおいて野営することにした。

飯、水浴びを済ませ、七並べを興じているところにまたしてもレイヴン一行がやってくる。


「はあ……はあ……。ここにいたのか……ジュール……ガンブレット」


しかし、その表情はかなりやつれているようで。


「昨日よりも元気がなさそうだが?」

「う、うるさい。ちょっと手間取っただけだ」


煽ってやると、レイヴンはすぐさま威勢を取り戻す。


「お互いポイントも確定したことだし、最終確認と行こうか。俺とレイヴン、どちらが勝利したのかを」

「うっ……わ、わかったよ」


どうやらその様子だと今日は思うような成果が残せなかったみたいだな。


「161ポイントだ。モンスターが残ってなかった。本当だったらもっと倒せた! 300ポイントは超えられたはずなんだ! これは予想外のことだ!!」


概ね想定内のポイントだな。急ぎすぎて周りもみえてなかったのだろう。序盤から飛ばしすぎるからそうなってしまう。

本人は必死に弁明しているが、それも含めての実力だ。


「ま、まあ2日目はモンスターが見つかりにくかったのはどのパーティでも同じことの……はず。そ、それで? 貴様らは……い、いくらなんだ?」


強気を保とうとしているが、声が震えている。

本当はもう薄々気づいてるんだろう?

俺たちの策略にはまってしまったということに。


「242ポイント。どうやらおれたちの勝ちだな」

「う、うわああああああ!!!」


証拠の魔石の店ながらそう言ってやると、レイヴンは大声で発狂した。


「このボクがああ!! このボクがこんな平凡なやつに負けるだとおおお!!」

「ああ、どうか落ち着いてくたさいレイヴン様!!」

「そうです。やっぱり先を越されて狩りつくされていたんですよ。相手がずるかっただけですよー!」


必死になだめる子分たち。


「えええい!! だまえええ!! こんなこと認めない! 認めないぞおお!!」


レイヴンは歯を食いしばり、拳をグーにして地面を何度も叩きつけた。それだけでは飽き足らず、持っていた金の槍も地面に投げ捨てる。

そしてハッと何かを閃いたような表情を浮かべる。


「ククク! 良いことを考えた! 夜はまだ明けていない! ラット、リシア! ボクについて来い!!」

「え、もう夜ですよ。探索はもう……」

「そうですよ。それにもうどの層にもモンスターは……」

「うるさい! このまま負けるわけには行かないんだあ! まだ”下の層”があるだろ!」


おいまさか6層にいくつもりじゃ。


「それは禁止事項だろ」

「離せ!!」


レイヴンの腕を掴んで止めようとしたがあっけなく振りほどかれる。


「証拠がなければいいんだよ! これからボクたちは徹夜で6層で狩りをする。アハハ、300ポイントは硬いだろうな〜。ジュール・ガンブレット! ボクたちが帰ってくるのをの首を洗って待っておくことだな! そのときはフレン王女様はボクのものだーー!!」


そう叫びながらレイヴンたちは下の層の方向へ姿を消していった。

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