履修登録と実戦授業
入学式を終え、ウェルセリア学院での生活が始まった。
最初の1週間は各授業のガイダンスと履修登録を行う期間だそうだ。この期間を使って沢山ある講座の中から自分が学びたい分野を選択しなければならない。決まった時間、定められた教室にてその授業を体験することもでき、気に入れば履修登録していく。この一週間はそんな作業の繰り返し。
週5日のうち2日はクラス共通の授業なので、残りの3日分の授業を選択する必要がある。1日5コマなので計15コマの履修登録をこの期間で行わなければならない。
科目は理学、商学、心理学、冒険学といった座学系のもからはじまり、剣術や魔術、弓術といった実戦的なところまで幅広く用意されている。その中でもやはり剣術や魔術といった講座は人気があるようで週に何コマも開講されているらしい。
「ねえジュール。何を履修するか決めた?」
ある日の休み時間。自席でシラバスとにらめっこしているとフレンが隣から話しかけてきた。
「理学に工学、それと商学、魔術系の講座は抑えた」
「なるほどねえ。それってあのリボルバーって武器に関連するわけ?」
「そのとおりだ。察しが良いな」
学院に通うなら、せめて為になるものを受講したい。
今あげた4系統の講座は銃武器の改良に活かせると考えたため、最優先で初日に登録した。
「ふーん。他には?」
「心理学系のような単位取るのに楽な講座も抑えた。それとあと4コマ残っているが絶賛検討中だ」
「楽な講座って……。あなたってちょっとクズなところあるわよね」
何を今更。俺は楽したいをモットーに生きる人間だぞ。
「フレンは何を履修するんだ?」
「剣術と魔術を中心に登録したわ。座学だと魔法学、属性理論学とかかな。まだ半分くらいしか埋まっていないけれど」
なるほどな。魔剣士であるフレンとしては無難な選択だな。
「そうだ。まだ全部埋まっていないなら、《実戦演習》を一緒に受けない?」
「実戦演習?」
「ええ。文字通り実戦を行う講座よ。あなたと戦う機会が少しでも欲しいから」
そうだな。別に他に取りたい講座もあるわけじゃないし。それにこんなところで断ってしまうと彼女に何されるかわかったものじゃないからな。演習形式の授業のため、コマ数はちょうど4コマ。すでに登録した講座とも被らずに履修できそうだ。特に断るデメリットもないので承諾しよう。
「水曜日の午後、それと金曜日の午後で合わせられるか?」
「ええ。大丈夫よ」
よっしゃ。全コマ登録完了できた。これで履修登録期間が終了するまでは自主休校にできるぞ。やっほー。
◆
そうして履修登録期間が開けた明くる週の水曜日の午後。
初めての実戦演習の講座を受講する。
講義場所は例の入学式が行われたコロッセオ。この講座も中々人気らしく、他クラスも合わせると40人くらいの受講生が集まっていた。
「実戦演習を受け持つシルバーだ。よろしく!」
時間になるとシルバー先生がアシスタントを引き連れてやってきた。シルバー先生は受講生たちに向け愛想よく手を振りながら笑いかける。
「やったー! シルバー先生だ!」
「ラッキー!」
人気の先生なのか、喜ぶ生徒もちらほらいる。
「ここでは実戦形式の対人戦を行い、己の腕を磨いていく。剣士も魔術士も弓使いも関係ない。お互いが己の出せる全てを尽くして全力勝負をしてもらう!」
実践でも役に立つ本格的な授業のようだな。そこにいるアシスタントの人たちは間違いなく医療班の人。大怪我してもいつでも対応できるようスタンバイしている。要は人同士手加減なしの本気の戦いをすることができるというわけだ。
「授業の内容は至ってシンプル。毎時間受講生同士で戦ってもらう。毎回の勝敗は記録し、それを成績とする。どうだ、簡単だろう?」
確かに簡単だな。いい成績を残したければ相手に勝たなければならない。まさに強さが物を言う授業。
「それじゃあ早速今日の対戦を進めていきたいと思う。二人組を作ってくれ」
指示を受け俺たちは対戦相手を探すべくゾロゾロと動き始める。しかし、勝敗が成績に直結するというルールのため、迂闊に相手を選ぶことができない。みんな対戦相手を選ぶのに慎重になっている。
そんな様子を見て先生が一言。
「ああ言い忘れてた。人数が奇数だから必然的に一人余ることになる。その子は先生とバトルだ! もちろん手は抜かねえぜ? 先生に負けても負けの記録がつくからな〜! そのかわり先生に勝つと特別ボーナスがもらえるぞ〜!」
「「「ええ〜!?」」」
先生から補足の説明を受けると、受講生たちは血相を変える。
「やばい! みんないそげー!」
「先生になんて勝てない!」
「お前俺と組もうぜ」
「オッケー!」
「私と組んでー! お願い!」
「誰かボクとー!!」
特別ボーナスで釣られるほど受講生たちはバカではない。先生と当たりたくないのか、みんな必死でペアを探しまわる。しかし俺は焦ることはなかった。なぜなら俺との対戦を希望するフレンがいるからだ。
「フレンさん組みましょう」
「いやボクがー」
「アタシよー」
「わかったわ、その3人の中でジャンケンして勝った人が私と組みましょう」
あっ……フレン取られた。
「おい誰か俺と組んでくれないか?」
声を上げてみるもそう簡単に来てくれる人は現れず。
そうしているうちに次々とペアが出来上がっていく。
あれ? これまずくね?
「誰か俺と、俺と……」
しかし現実はそう甘くなかった。
「ハハハ! 君は確かうちのクラスのジュール君だったね。よろしく!」
「はい先生。よろしくお願いします」
結果、俺が貧乏くじを引くことになってしまった。
そして、各々のペアが邪魔にならないように闘技場内で散らばり、いつでも対戦できる状態が出来上がる。
「準備できたなあ? それじゃあ好きなタイミングで始めてくれ! 対戦開始!!」
「「「うおおおー!」」」
ドタドタと一斉に戦いを始める受講生たち。
「それじゃあオレたちも始めようか、ジュール君」
上着を脱ぎ捨て、上半身が顕になる。鍛え上げられた体と野獣のように濃い体毛。
そして亜人ならではのカンフーに近いような独特のファイティングポーズを構え始める。
入学式の日に始めてみたときから、この人は腕が立つ人だと思っていた。戦うことにはならないと思っていたが、まさかそれがこんなにも早く現実になってしまうとは。
「今年の教え子がどのくらちのレベルか知りたいところだし、全力で来てくれたまえ!」
「全力……ですか?」
全力を出してしまうと命に危険が……。
「おや? 渋っているようだね。ははーん、わかったぞ。とうせ勝てないって思っているんだろ?」
「別にそういうわけでは」
「それとも特別ボーナスの内容が不満なのかい?」
「そういえばその特別ボーナスって何なんですか?」
無難なところでいくと、通常よりも良い成績がつくとかか?
勝ちポイントが2倍になる的な。
「ああ言ってなかったな。毎年恒例にしているだけど、もし先生に勝つことができたら今学期の期末テストも全て免除にな――」
「本気出します」
想像以上に破格のボーナス過ぎた。
悪いけど勝たせてもらう。
「おおっ、俄然いい目になった。やる気になってくれたようだね!」
「そんな条件つけられたら当然ですよ!」
例えるなら馬に人参……いや、馬に特上ゴールデン人参ぶら下げられたような感覚。
「まずはお手並み拝見かな。いつでもかかってきていいよ」
シルバー先生が手招きする。
こっちの出方が知りたいようだな。
なら遠慮はいらない。
俺はリボルバーを抜き、銃口を先生の胸に向ける。
「ん、なんだいそれは。武器……かな?」
「そうです。リボルバーと呼んでいます」
「剣類でもなければ、鈍器類でもない。珍妙な武器だね」
先生は不思議そうな顔をする。大体の人がそういう反応をする。
もちろん今回も余程のことがない限り実弾を出すつもりはない。狙いを誤ってしまえば殺してしまう。結構取り扱いには危ない武器なんだよな。例のごとくゴム弾で行かせてもらう。
レバーを握り銃弾を放った。手強そうなので念の為”5連射”だ。
パパパパパンッッ!!
「うおっ!? はやっ!?」
やはり只者ではなかったか。銃撃を避けられてしまうとは。
ブラックパンサーさながら反射神経とスピードがずば抜けているようだ。
「何だ今の攻撃は……? とんでもないスピードだったぞ。信じられん。これがジュール君の能力……」
「初撃を避けた先生のほうが大概ですよ」
先生も驚いているようだが、正直俺の方が驚いている。
「次は外しません」
そう言って俺は先程撃った5発をカチャリと再充填する。
「ふーん。なるほどねえ」
今の動作を見て、なにか言いたそうな目でこちらを見据える先生。やはり念を入れておいて正解だった。
「今の攻撃で君が只者じゃないことははっきりとわかったよ。先生も久しぶりに本気を出せそうで嬉しいな」
先生は低い声で笑う。そしてその腕が震えているのは、恐れで震えているのではなく、野生としての武者震いなのだろう。
「次は先生から来てください」
「近い距離なら当てられると?」
その程度の思考は読まれていると。
「いいよ。望み通り先生から行かせてもらうよ!」
シルバー先生は地面を蹴り加速した。そして一気に俺のところまで距離を詰めてくる。
パパパパパン
5連射を躱す先生。
「弾が飛んでくる位置をよく見ていれば、避けられない技じゃない! そしてその武器は連続で5発までしか撃てないとみた! 今さっき弾を入れ直していた! 先生はその動きを見逃さなかった!!」
やはり気づいてくれていたようだな。ただ身体能力が高いだけじゃない。観察眼や直感といった戦闘におけるセンスも優れている。
「君が弾を入れ直す前に叩く!! この勝負もらった!!」
先生が飛びかかってきた。
「やれやれ。本当に念を張っておいて良かったですよ」
近づいてくる先生。ここまでくれば狙いを謝ることはない。そう確信した俺は、左足めがけて実弾を放つことにした。
バアアンッッ
先程よりも重い銃声が闘技場に響き渡る。足に銃撃を受けた先生は倒れ込む。
「な、なんだー!? 今の音は!」
「先生達の方よ!」
「見にいこうぜ!」
銃声を聞きつけて受講生たちが続々と集まってくる。
「先生が負けている!?」
「一体何があったの!?」
「あのFクラスの男子が先生に勝ったのか!!」
「すげえ……」
生徒たちは様々な反応で溢れる。
「どういうことだ!? 弾は残ってなかったはず……まさか!?」
「リボルバーは6発まで溜めることができます。5発と思わせるため最初からブラフを張っていました」
「どうやら先生の負けみたいだな」
「そうですね。急いで治療に行きましょう。肩をお貸しします」
「ああ……すまない」
先生を担ぐと、ずっしりとした重みがのしかかってくる。こうしてみると分かる。非常に丈夫な体だ。これだと多分ゴム弾じゃ弾き飛ばされただろうな。実弾で正解だった。
「そういえば期末テスト免除の件、お忘れなく」
「わかっているさ。ああ……いたた」
約束を取りつけ、医療班のところまで連れて行った。
その後、俺がシルバー先生に勝利したという噂が学年中に広まったことは言うまでもないだろう。
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