クエスト受注
人間とは目先の欲に駆られやすい生き物である。
これは人間の性というやつ。目の前に美味しい人参がぶら下げられていた場合、その美味しい人参を食べたあとに何が起こるかまでは深く考えられないのだ。
それが美味しい人参であっても、期末テスト免除という甘い餌をぶら下げられていたとしても変わらない。
その欲に溺れた結果、相当手練の人間に勝利してしまった先に何が起きるかなんて考えちゃいなかった。
「ジュール君凄い!」
「先生に勝っちゃうなんてさすが!」
「まずはお友達から。連絡先教えてよ」
「今度一緒にカフェに行こうよ」
ジュール・ガンブレットがシルバー先生に勝利した。
その噂はまたたく間に学年中に広がった。それからというもの、俺は学年の中でも目立つ存在になってしまった。ほとんどの休み時間はこうして一部の女子生徒たちに囲まれるようになってしまった。
「おい女子ども離れろ!」
「そんな群がって邪魔なんだよ!」
「こいつは無名の平民なんだよ!」
「先生に勝ったのも偶然に違いない! 先生の体調が悪かっただけだ!」
「ほら、あっちいったいった!」
そしてそんな女子達から支持を集めてしまった俺は、男子からは目の敵にされてしまった。
学院には貴族生まれのせいかプライドの高い人間が多い。平民の俺が女子からチヤホヤされるのが気に食わなかったのだろうな。俺から女子を遠ざけることで、こうして嫌がらせをしてきているわけだ。
俺の代わりに女子たちを祓ってくれるので、むしろありがたいことだけど。
「ちっ、男子うるさい」
「帰ろ帰ろー。また来るね、ジュールくーん」
男子のおかげで女子が離れる。
そして俺は一人になる。
やれやれ、ようやく落ち着くことができる。
こんな毎日が続いているけれど、慣れてきた今日この頃である。
このまま特に目立つことなく放っておけば、このほとぼりも自然と冷めていくだろう。所詮俺のブームなんて一時的なものさ。
「相変わらずの人気。女の子たちに囲まれて良かったわね。羨ましいこと」
さて、一難去ったと思うと隣の席の王女様が皮肉めいた物言いで軽いジャブを放ってくる。
「どこが羨ましく見えるんだよ」
確かに普通であれば女子からモテるというのは嬉しいこと。実際連絡先を聞いてきたり、カフェに誘ってきてくれたりと、積極的にアプローチしてきているというのは伝わってくる。
でもそれは俺が先生を倒したという外面的な要素で俺を判断して近づいてきたに過ぎない。私は強い恋人を持った女です、というステータスを獲得するために近づいているように見えてしまう。だから素直に喜べないのだと思う。
「わがままなのかもしれないけれど、そういうのじゃないんだ。見た目とか強さとかステータスとか、そういうのじゃなくて、もっと別のところを見てほしい」
「へえ、そういうこと? フフッ、ちょっと意外ね。あなたもそんなこと考えているなんて」
あれ、もしかしてフレンさん? 俺のことちょっとバカにしてませんか?
「フレンこそ早くいい男を見つけることだな。そうじゃないと冗談抜きで俺が婚姻相手になりかねないぞ」
「ふ、ふん。わかってるわよ。誰もあなたと結婚したいだなんて思ってないんだからね! バカ!」
バカって言われた。やっぱりバカにされてた。
◆
その日の授業が全て終わり、帰りのホームルーム。
シルバー先生がいつものように教壇に立つ。
「大事な連絡事項が1つある。当学院の毎年恒例の行事なのだが、来月末に東の《ヤマト皇国》と学院同士の交流会を行う! 交流会では親善試合をすることになっていてな、各学年から代表として2名ずつ出場するメンバーを決定しなければならない。来月頭からそのメンバーを決める《代表選抜戦》が開催される。大会の詳細は追って連絡する。出場希望者は今月末までに所定の書類を提出するように。以上だ」
シルバー先生の説明が終わるとクラスメイトたちはざわめき出す。
「親善試合かー。私出たいなー。志願してみよっかなー」
「ヤマト皇国はおしとやかな美人が多いと聞く。いいところ見せたらモテるに違いない。おれも参加するぜー!」
「ワシもー」
「私もー」
イベントごとになると張り切りだすクラスメイトたち。
もちろん俺は出るつもりはない。
ただでさえこの状況だ。これ以上目立つとなると想像するだけで吐きそうになる。
「自分がどれ程の実力なのかを試す機会にもなる。腕に自身のあるものは是非参加するように。それではホームルームを終了する。起立!」
「「「ありがとうございましたー」」」
ようやくホームルームが終わったぞ。それじゃあさっさと帰宅するか。今日の晩飯はカレーにでもしようかな。
「ああそうだ、ジュール君。君に話したいことがあるから一緒に職員室に来てくれ」
謎の呼び出しを食らってしまった。
心当たりがない。何か悪いことでもしでかしたか?
あれ以降目立つまいと慎ましく生活してきたはずなんだけどな。
そういうわけで先生に連れられ職員室へ。
放課後の職員室では先生たちが資料を作ったりしながら忙しそうに仕事をしていた。
シルバー先生の机まで案内され、椅子まで用意される。
「さあかけてくれ」
椅子に腰掛け、先生の机に視線を移す。資料で溢れていて、余計に忙しさが伝わってきた。そのような忙しい中時間を割いてまで俺に用件とは一体何事なんだ。
「先日はいいバトルだったよ」
「それはどうもです」
「君を呼んだのは他でもない。その腕を見込んでお願いしたいことがあるんだ」
その様子からするに、大事なお願い事のようだな。
もしかしてさっき言ってた代表選抜戦のことか?
あまり出たくないんだけどな。ここは先手をうってみるか。
「出るつもりないですよ」
「いや、その件じゃない」
おっと早とちりしてしまったか。恥ずかしー。
今のやり取りフレンに見られてたら絶対にからかわれてたわ。あいつは何かとからかってくるからなあ。
「最近王都近辺の森で奇妙なトラのモンスターが出没したんだよ」
「トラ……ですか」
「不思議なことにそのトラは人には一切危害を加えず、モンスターばかり攻撃するそうなんだ」
「いいトラじゃないですか」
まるで益虫のようなトラだな。
「でも安心できないだろう? いつ心変わりして人を襲ってくるかもわからない。しかも森のモンスターを単独で狩りまくるなんて、かなり高ランクのモンスターに違いない。冒険者ギルドの人たちも腰が引けて誰も調査に行きたがらないらしい」
冒険者ギルドでもお手上げのモンスターなんて。
ちょっとまて。え、まさか俺に倒しにいけと?
「そういう事情でギルドから先生宛てに直接依頼が来たんだけど。ほらこの時期って先生は色々忙しいからさ。そこで君にお願いしたくてね」
なるほど。つまりいろんなところからたらい回しされた結果、俺のところまで話が来たということか。それはまた厄介そうな依頼だな。
「ギルドからは討伐してくれとの依頼が来ているんだけど、何せ人には襲わないから討伐するのも可愛そうだろう?」
そうだな。俺も部屋に出てきたクモや益虫には手を出さない主義だし。
「そこで従えることはできないかと考えた。そうすれば王国の戦力にもなると思うし。君にはそのトラを捕獲できそうかどうかを調査してきてほしい!」
「捕獲はしなくていいんですか?」
「そこまではお願いできないよ。仕事が片付いたら先生の方で対処する」
王都の近くにそんな奇妙なモンスターが住みつかれるのもいいことじゃないしな。先生も本当に忙しそうだし、これは引き受けるべきだ。
「了解しました。引き受けましょう」
「ありがとう。ジュール君ならそう言ってくれると信じて――」
「ちょっと待ちなさい! 今の話聞かせてもらったわ!」
フレンが突然背後から現れる。こいついつの間に盗み聞きを。
「フレンさんいつの間に!? 先生も気づかなかった」
「その依頼、私も同行させてもらって構わないかしら?」
え、お前までついてくるの?
「そうだね、人数は大いに越したことはないしオッケーだ」
「やったー!」
「ただし、危ないと思ったらすぐに退くこと。それが条件だ。いいね?」
「はいはい。わかってます!」
「なら承知した。二人とも任せたよ」
こうして謎のトラモンスター調査のクエストが発生した。
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