入学式

1日は目覚まし時計が鳴ったところからスタートする。朝起きて食事から身支度までを30分で済ませる。

普段は9時とか10時とかまで眠り続けるわけだが、そうはいかなくなった。今日から学院に通わなければならなくなったからだ。朝7時の起床はこれまでぐうたら生活を続けてきた俺には辛いところがある。


ピーンポーン


8時ちょうど。チャイムがなる。もうそんな時間か。


「おはようジュール。学院に行きましょ!」


学院までの桜並木の通学路をフレンと二人で歩く。ちなみに物陰からはシズノさんによる護衛がついている。これがフレンの言う最低限の監視ということらしい。


別に俺は好きで彼女の横を歩いているわけではない。俺の入学が決まったのが入学式の前日だったため、学生証の発行が間に合わなかったからだ。学生証がなければ、学院内に入ることができない。そこでフレンが証人になるということで、俺の学生証ができあがるまでの間は彼女と登校することになったわけだ。


さて、王立ウェルセリア学院は王国内でも随一の学園である。自由な校風で、その一つとして制服が指定されていないことで有名だそうだ。通学路を歩く学生たちの服装は高貴なものが多い。つまり貴族とかそういった身分の高い人たちが多く通っているのだろう。

確かに私服登校といえば通常なら喜ばしいことなんだけども……。


「あれってフレン様じゃない?」

「ホントだ。フレン様も学院に登校されるんだぁ」

「特待生らしいよ」

「すごーい」


隣を歩くのは王国内で最も権力の高い王族の少女。

入学式だから気合を入れてきたのだろうか、ピンクでフリフリのドレスをお召しになさっている。その美貌さながら目立つことは必然のこと。

少し歩けばすぐに目がつき、同じ学生や民衆から尊敬の眼差しを浴びていた。


「で、隣の男は誰?」

「見るからにボディガードではなさそうよねー」

「どうみても平民よね。それがどうして王女様と……」


一方で随所から俺のことを怪しむ声々が聞こえてくる。冷ややかな目線が向けられる。

私服通学というのは身分の差がはっきりしやすいということ。大衆向けに売られているシャツとズボンでは、俺がしがない一般民であることは一目瞭然。

そういう意味では俺にとっては制服通学の方がありがたかったのかもしれない。


「ああ、早く学生証出来上がってほしい」

「何か言った?」

「いや何も」


30分ほど歩いたところでフレンが前方を指差す。


「見えてきたわ。あれがウェルセリア学院よ」


白を基調としたウェルセリア王宮と似た雰囲気の巨大な学院だ。


「この人が例の学生よ」

「承知しました。どうぞお通りください」


正門の守衛さんに学生証を提示することで中に入れるようだが、俺の分についてはフレンが上手に説明してくれた。

そうして学院の中に入っていく。

噴水のある中庭を超え、道なりに進むと玄関口までたどり着く。

ちょうどそのそばに巨大な掲示板が置いてあって、学生たちが群がっている。


「あそこで自分のクラスがわかるようだな」


見たところAクラスからFクラスまでが存在するようだ。俺はFクラスだった。


「やったぜ! 俺Aクラスー!」

「くそう、Fクラスかー。底辺かよー」

「ざまあ〜。試験やらかしてたもんなあ」


周囲の学生の様子を見るになんとなく察した。どうやら成績順にクラス分けがされているらしい。つまり俺は一番下のクラス。入学式前日に急遽決まったことだから、そういった事情もあっての配属なのだろう。むしろその方が嬉しいけど。一番上のクラスだと何かと目立つと思うし、下位クラスで慎ましく学院生活する送るとしよう。


「俺はFクラスだった。フレンはAクラスなんだろ。ここでお別れだな」 


フレンと離れられるのもラッキーだ。彼女が隣だと散々に目立つからな。


「私もFクラスだけど?」

「え?」


それはどういうこと? 理解が追いつかないのですが。


「ウェルセリア学院が実力順でクラス分けをしているのは当然知っているわ。あなたが帰ったあと話を聞いてみたらFクラスになるってきいたの。だから私も同じクラスに配属を変えてもらうよう父様にお願いしたのよ」


親使うのセコくね? 王族やりたい放題だな。一人暮らしの件もそうだし、フレンってもしかしてかなりわがままな女の子?


「わざわざAからFクラスに合わせるなんて。もったいないような……」

「あなたを攻略するためにはより近くで観察する必要があるわ。同じクラスメイトになってもらうことは当たり前のことよ」

「つまり俺はお前から逃げられないと」

「私が勝利するまでは、ね?」


やれやれ。こんな面倒なことになるなら昨日の決闘負けとくべきだった。





「あっ、フレン様だ! どうしてこのクラスに!?」

「そんなこと気にしても仕方ねえよ。とにかくやったぜ、フレン様と同じクラスだー」

「おはようございますフレン様ー」


教室に入るやいなやフレンに気づくクラスメイトたち。男女問わず彼女のもとに集まっていく。早速クラスの注目の的になるフレン。さすがは王女様の人気ぶり。


「おはよう。みんなよろしく!」


王族仕込みなのかは知らないが、外面の良い王女様。

フレンのもとを離れた俺は黒板に貼り出されていた座席表を確認する。窓際一番奥の席か。

自席に座り、特に誰と話すこともなく時間が経過するのを待った。


そして朝のホームルームの時間になると、クラスルームに一人の男が入室してきた。


「待たせたなあ。オレは君たちの担任を任されたシルバー・レオルドフだ。この一年間共に頑張ろう! よろしくな、ハハハ!!」


この人が担任の先生か。

色黒で筋肉質、そして丸い耳と両腕に生えた濃い体毛に尻尾――


「ブラックパンサーの亜人か。珍しい」

「そうね。おそらく亜人の国、サウン共和国出身の先生ね。体付きでわかるわ、あの先生かなりの手練よ」

「ふーん」


大陸の南に広がるサウン共和国。亜人はその遺伝子の構造上、通常の人類よりも魔力が数段劣る。そのかわり、それを補うほどの身体能力を有している。きっとシルバー先生もその道に特化した人なんだろうな。ま、戦うことはないだろうけど。


「というかお前隣の席だったんだな。まさか――」

「ええ。これも父様にお願いしたわ」


やっぱそれセコイわ。ロイヤルパワーはチートすぎる。


「そういうわけでこれから入学式だ。今から会場である円形闘技場コロッセオに向かう。式では生徒会長による決闘も見られるから今後のモチベーションのためにもしっかりと目に焼き付けておいてくれよな! それじゃあ式場に行くぞー! 起立!」


「ワイルドな感じもアリです」

「カッコいい……」


ガッツある感じで背も高く結構イケメンな先生。女子の目がハートになっていた。




「であるからして当学院の生徒となった貴殿たちには学生として更なる高みを目指して真っ当な学院生活を過ごして頂きたく――」


式の開始から30分程経過した。入学式とは決まって退屈な儀式。俺は学院長の長い祝辞を眠りそうになりながら聞いていた。


『それでは生徒会長決定戦の時間です。生徒会長ルシファー様、闘技場へお上がりください』


さて、祝辞も終わりシルバー先生が予告していたのように生徒会長による決闘の時間になる。これが入学式の本命の儀式。式場がコロッセオになっているのもそのためだ。

アナウンスが鳴り終えると、金髪の男子生徒が闘技場に上がる。


「キャーッ、ルシファー会長ー!」

「かっこいいー!!」

「ステキー!! こっち向いてくださいませー!」


あれが生徒会長か。色白で金髪碧眼のクールな美少年。確かにこれはモテるわ。

そして女子生徒たちからの熱い声援に答えることもなく、ルシファーと呼ばれた生徒会長は無表情で淡々とした足取りで闘技場の中心に立つ。


『今季の挑戦者は2年Aクラスのブルース・ハーベイ君です。本試合の勝者が上半期の生徒会長となります!』


どうやらただの決闘ではないらしい。今後の生徒会長の座をかけた真剣勝負。


『それでは試合開始です』


「自分は戦闘部部長、斧使いのブルース・ハーベイ。生徒会長の座を頂くべく参る!!」

「…………遅い」

「ぐわああっ!!」


『試合終了です。勝者ルシファー様。そのため生徒会長はルシファー様で継続となります!』


ルシファーの素早い手刀により5秒とかからず試合が終了する。そして歓声が湧き上がるもルシファーは顔色一つ変えない。


「只者じゃないな」


今の動きを見ただけでわかった。多分今のでも本気ではないのだろう。まだ何かとんでもない力を隠していると思う。立場も立場だし絡まれたら何かと面倒くさそうな人間。


自席に戻ろうとするルシファーだったが、ふと立ち止まる。そして振り返った。


「ふっ……今年は面白いやつが入学してきたな」


一瞬目が合った。

そして全てを見透かすような目で、生徒会長は小さく笑ってみせた。

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