雨を愛す 5
雨が降っている。春の天気は移ろいやすい。地面には無数の人によって踏みしめられた桜の花びらが、艶やかな色を失って、みにくく変色している。
世界はうごきだしている。
ざざぶりの雨の中、いろんな種類の自動車が走る。傘をさした人びとが駅に向かって歩く。絶え間ないエンジンの音、水溜りのうえをタイヤが通るおと。傘をさした人の声。
ふと、持っていた荷物を地面に落としてしまったように、学校へのいきかたを忘れてしまって、わたしはカバンを持ったまま立ち止まった。赤い長靴のなかには雨水が入り込んで足が冷たい。けれど気にならない。わたしに傘はなくって、全身濡れているから。
世界は動いている。
止まっているのはわたしだけ。
ぼとぼとぼと、と音がした。傘が雨を弾く音だ。見上げると、わたしの頭上に黒い傘がある。振り返ると、雨の中、わたしに開いた傘を差し出している男の子がいた。
きみの悪意を善意と勘違いするほど。わたしは今動いているこの世界に興味を失っていた。
「きみはぜんぜんヤサシクない」
ララに恋をしたのは春の終わりかけ、春雨が桜の花を洗うように落としていき、落ちた花びらがぜんぶみにくい茶色に変色した頃。恋したわたしは、きみをみるとうれしくなる。その冷たさを湛える瞳が、わたしの胸を刺したとき。流れる血があたたかくて、これが救われるってことなんだって心から思うの。
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