雨を愛す 2
ララの髪の毛は何色だったっけ。舗装されたアスファルトの上をカラスが歩いていたから、ランチの残り物のパンを放った。黒くて長い嘴が食パンのカケラを咥えるのをみて、わたしはふとそう考えた。切り絵のように黒い鳥は、しかしよく見つめてみると、小さな目だけきらきらと輝いている。濡羽色。そうだ。この子の体のいろだ。ララの髪の毛は先の方まで艶々と水を浴びたように光る。その時小さな鼠色の自動車が、わたしの前を大きな音を立てながら通過した。自動車が過ぎ去った頃、カラスは羽ばたいてしまって、もういない。
「ありがとう」
青く澄んだ空を見上げてわたしは呟く。
きっとあの子は、ララの髪色をわたしに教えるためだけにやってきてくれたのよ。パン一欠片を報酬として頂戴するかわりに。
空になったランチボックスを手に提げながら、土手に沿って、ぶらぶらと空の下を歩く。新しく舗装されたばかりのアスファルトは黒くて艶やか、そして歩きやすい。真白い横断歩道の前で立ち止まると、信号機を見て、青になったら渡る。車道に車はいないけれど、たまに彗星のような早さで道路を駆け抜ける車がいたりするから要注意だ。
12月はお昼時になってもちっとも暖かくならない。両手は冷たいし、耳は痛い。顔は風をうけて氷のようだ。吐いた息が水滴にかわって、顎あたりにあるジャンパーの生地を濡らす。
信号を渡って数分歩くとララの家がある。一軒家がいくつか密集している地帯、車道に面しているエンジ色の家がそれだ。
コンコンコン、ノックをすると、はあいと間延びした返事があった。少し冷たくて幼い、その声はララのものだ。わたしよ、と声をあげると、ガチャリと音がして、すぐにドアが開いた。目を丸くしたララがそこにいた。
「キキ、どうしたの?」
「さっきはありがとう。お昼は食べた?」
「まだだけど」
「一緒に食べようと思ったんだけど、駄菓子屋さんの前にあるベンチに座ったら、食べてしまったの」
「は?」
ララが一気に怪訝な顔をする。
そうだよね。意味わかんないよね。しかも食べ残しはカラスにあげちゃった。ララに食べ残しをあげるつもりはもちろんないけれど、もはや何も残ってはいない。
「じゃあいいや。なかで一緒におやつ食べる?」
「ママはいるの?」
「いない」
いない、とララが返事をしたとき、わずかに不穏な色が漂うのをみた。はっきりと。それは黒色で、モヤがかかっていた。
「うん。食べるよ」
ララは誰にも気づかれないはやさで、口の端に冷たい笑みをのせた。
なにも気づかないふりをしてララの誘いにのったのは、その男の子がわたしの初恋のひとで。あの雨の日から今までずっと、一日も絶やすことなくララに恋をしていたから。そうしてわたしは初めてララのお家にあがった。
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