第3話

 カランカランと鈴が鳴り、オレは店内に踏み込んだ。『Alice』の中には、西洋の陶器人形やぬいぐるみ、ガラス細工やステンドグラス、花瓶にプランター、沢山の物が所狭しと並んでいた。陽も届かぬ薄暗い店内を照らすのは橙色の裸電球一つで、それがどこかお洒落さと不気味さという背反した情操を生み出す風景を揺蕩わせる。


「ニャアオ」


 猫の声に辺りを見回すと、足元にシャム猫が寄ってきた。それがオレの足に体を擦り付けながら、オレの足元を8の字に歩き続ける。猫は嫌いではない。しかし、こんなに人懐っこいものだろうか。よほど人が来なくて寂しいのだろうか。そんな邪推をしていると、奥から年寄りの震えた声がした。


「いらっしゃい。待ってたわよ」


 胸がドクンッと跳ねた。何かが起きようとしている。熱くなった血が体を巡り始め、冷や汗が垂れる。声の主を探すと、奥の番台の様なカウンターに黒猫が丸まっていて、その奥に何者かの気配を感じる。しかし、姿は見えなかった。オレはその見えない主人に恐る恐る尋ねる。


「…待ってた?」

「ああ、そうさ。坊やを待っていたんだ」

「オレを?」

「ああ。まあ、今は信じなくて良いわ」


 オレは半信半疑のまま、一旦その回答は飲み下した。怪しい店である事は間違いない。しかしそれは、例えばヤクザの詐欺用事務所に連れ込まれたかの様な血の気の引くようなものとは違う。そうではなくて、どちらかと言えば"妖艶"、狐に化かされているかもしれないと言うべき怪しさだ。オレは辺りを見回す。何か変なところはないか…、と見回せば怪しい所しかなかった。小物屋など大体怪しいものだと思い当たり、頭を抱える。


「ふふ、信じられないかもしれニャイが、そう頭を抱える事もないニャリよ」

「はい?」


 さっきの年寄りとは違う、まだ若い女性のような声がする。声の出所は…足元?足元!?オレは足元のシャム猫を目をフクロウのように見開いて見つめる。猫はニッコリ微笑んだ。嘘…。


「喋る猫は初めてニャリ?」

「えっ…、ええ」

「ふふっ、坊や、さっきアタシとも喋ってたじゃない?」


 そんな年寄りの声がすると、丸まっていた黒猫がのそりと起き上がり、こちらを見ながら毛繕いをした。オレは黒猫を手で指して聞く。


「アナタ?」

「ええ、坊やと喋っていたのは私」


 確かに口元が喋るのに合わせて動いている様に見えた。待ってくれ、そんなわけ無い。オレは信じられずに辺りを見回すが、それっぽいスピーカーや人が隠れられるスペースは奥のカウンター以外無さそうだった。


「あの…すみません。試しにちょっと右手あげてもらってもいいですか?」

「ふふっ、疑り深いのね」


 黒猫は老婆らしい微笑をたたえると、右前足を上げてくれた。そして、冗談めかす。


「もう五十肩どころか百肩を超えているの。無理はさせないでちょうだい」

「す、すみません」


 猫が喋っている…。オレは頭を掻きながら瞬きも忘れて、黒猫にフリーズした頭をゆっくり下げた。はたから見れば、ネジの外れた馬鹿にしか見えないが、現にこうしゃべられてみれば信じるより他になく、しかし信じられない現実を受け止めきれずに、ただただ成すがままになるのだ。


「さて、それでは本題に入りましょうか」


 黒猫はその黄色と黒の目を輝かせて、こちらを測るかのような妖しげな目を向けた。

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