ぽん

「ユウジ!美味しそうなステーキだな〜」


東京都葛飾区にある一軒家には一人息子のユウジと、二人目を妊娠中の母アオイ、サラリーマンの父マサルが住んでいる。


今日はユウジが八歳になる日、妹が出来ると中々可愛がってやれないので過去最大のご馳走を用意した。


「おいユウジ、誕生日プレゼント何欲しいって言ってた?」


とさりげなく聞いてみる。


「うーん望遠鏡かな!」


ユウジは無邪気な笑顔を振り撒きながらそう俺に返した。


「ユウちゃんは本当に宇宙が好きね」


「昔からだもんな、将来は宇宙飛行士になったりして」


「ユウちゃんにそんな危ない事させられないわよ、ユウちゃんは将来社長になって大金持ちになるの、誰かさんと違ってね」


嫁は万年平社員の俺に時々皮肉めいた事を言う。(俺だっていつか…)


そんな俺がなけなしの金を使い望遠鏡を買ったと言ったら嫁はどれくらい驚くだろう、いや、怒るかもしれない。


俺はトイレに行くと嘘を付き、軽自動車内に置いてある望遠鏡を組み立てに行った。


「今日はいい感じに星が見えるな…あ!夏の大三角形だ!」


望遠鏡を組み立てる途中、少し少年に戻った気で星空を眺めているとおかしな事に気づいた。


「あれ?ベガの少し横にあんな赤い星なんてあったかな…、そもそもあんな赤い星なんて見た事が無いぞ…」


―――その瞬間!!


赤い星が瞬く間に眩い光を放った。


俺は…目の前が真っ暗になった。


「なんだこれは…」


今までに生きてきて聞いた事の無い喧騒の中、俺は起きた。


そこは奥行きがどこまでも続いている様に見えたり、またはすぐそこで行き止まりになっている様に見えたり、そのくらい真っ白な空間。


起きる前に聞いた喧騒が嘘のように静かで、空間には俺一人しかいない。


「コンニチハ、ワタシハ、アナタタチヲ、シハイシタ、チキュウガイセイメイタイデス」


突然上から声が鳴り響いた、とてもカタコトだったが、何を言ってるかははっきりと理解出来た。


俺は起きた後少し戸惑ったが、すぐに夢だと気付いた。


赤い光は目眩で見えた幻覚で、恐らく急に倒れてしまったのだろう。(誕生日だと言うのに…ユウジすまない)


それにしてもとてもリアルな夢だ、白い空間にモヤひとつかかっておらず、俺の頭はスッキリしている。


今話しているのは宇宙人だろうか、俺も面白い事を考えるものだな。


「イマカラ、キミタチニハ、セカイデイチバン、ポピュラーナゲームヲ、シテモライマス」


「ソレハ、ジャンケンデス」


やはり俺は面白くない人間だったようだ、宇宙人を出しておいてジャンケンをしようとは。


「イマカラ、サンカシャ、イチオクニセンマンニンノ、オオガタジャンケンヲシテ、サイゴノノコリヒトリヲ、キメテモライマス」


「サイゴノヒトリニナッタヒトハ、ワレワレガセキニンヲモッテ、『コロシマス』」


「殺す」と言う言葉を聞いた時、少し背筋がゾクッとした。


「ショウシャハ、ブジチキュウニモドシ、コノコトガオキタジジツハ、キレイサッパリワスレテイルダンドリデス」


そう言うと宇宙人の声は聞こえなくなった。


夢だと言えど、要は一億二千万人の中の最後の一人にならなければいいのだ。


簡単な話だ………


少し経ったあと、白い空間はうねりながら姿を変えていく。


徐々に人影が見えていく、人影の上に、なにやら文字が見える。


「対戦相手一人目 三十二歳 無職 」


俺は、少し吹き出しそうになってしまった。


こんな相手に負けるはずが無い。


たらこみたいな唇のまわりには醜い青髭が見え、額は油でテカッているし、髪の毛もコシが無くテカッていて若干薄い。


無職はずっと戸惑った様子でジャンケンを行おうとしない。


少し苛立ってきたが、仕方ないこいつに勝って早々に夢から覚めよう。


「ほら、ジャンケンするよ」


「は、は、は、はい」


「ジャーンケーン、ポン」


俺はチョキを出し、無職はグーを出した、


その瞬間、無職が忍者の様にポンと消え、また俺一人になる。


まあそう夢から覚ましてくれないよな、と若干悔しがりながらも、依然余裕だった。


―――しかし!!


二連敗…四連敗…八連敗…遂には九連敗を喫してしまった。


余裕だったはずなのだが、少し焦りが出てきている。(俺はジャンケンでも勝つことが出来ないのか…)


「対戦相手十人目 無職 八十五歳」


無数にある目尻の皺に白髪染めで紫色に変色した髪の毛、ガリガリの身体。


まさに八十五歳の女性だ、彼女も俺と同じで九回もジャンケンに負けたのか。


いや、これは夢だ、だから老人だろうか何だろうが負けてはいけないんだ!


「あの〜すいません、聞こえますか?ジャンケンしましょう」


自然と優しい口調になってしまう。


「ジャーンケーン、ポン」


彼女が恐らくボケていると推測した結果、僕はパーを出した。


しかしその予想は無情にも外れた、勝った瞬間、彼女は少し微笑んだ。


その可憐さは二十代にも劣らないだろうな、と思った。


しかし、今はそんな事考えている場合では無いのだ。


ユウジとアオイの為に、こんな悪夢から逃げ出さなければ!!


「パパパーン!ジュウレンパイ、オメデトウ、ココカラハ、ルールヲツイカシテ、ゲームヲススメルヨ」


「ニジュウレンパイカラ、ジャンケンニカッタヒトニハ、オカネヲアゲルヨ」


そう言うと宇宙人はまた消えた。


お金は確かに欲しいが、それよりも家族が大事だ。


しかし、中々勝つ事は出来ずついに十九連敗。


俺はほぼ無心でジャンケンをしていた。


「対戦相手二十人目 社長 三十歳」


このジャンケンを通じて思ったのは無職と高齢者の多さくらいだが、ついに社長が来た。


社長は茶髪をはねさせニヤニヤしながら俺の方へ近づいてくる。


「あの〜すいません、僕負けたいんですよ」


と社長は願ってもない相談を持ちかけてきた、お金が欲しいのだろう。


「嬉しい話です、分かりました、なら私がグーを出すのであなたはチョキを出してください」


「はい!ありがとうございます!」


「ジャーンケーン、ポン」


―――おれはパーを出した


彼は驚いた顔を見せながら消えていく。


社長になる器では無いなと、俺は思った。


家族が一番大事だが、家族を喜ばせるのは金だ、金さえあればユウジも産まれてくる赤ちゃんも幸せになれるんだ。


あとは負けるだけだ、これが夢でない事を祈る…。










「対戦相手二十七人目」




「ジャーンケーン、」






ぽん
























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