アイデアの源泉
我々は何を恐れているのだろうか、そして私は何を導けばいいのか。
「あの発想もこの発想も全てデータベースに収められてるよ」
そう嘆いたのは大学二回生のエス氏だ。
「俺らがいくら頭を捻って考えたってアイデアが有限と分かってしまえば意味の無いことさ」
エス氏は時折このような愚痴をこぼす。
空飛ぶクルマもタイムマシンもまだ発明されてないだけで具現化出来るという権威ある研究機関の発表により、また新たな事が明らかになった。
――――アイデアは有限である―――――
人間の知性の可能性を閉ざすことも開くことも出来るこの事実により我々は酷くたじろいだ。
今では各々の国家が人民のアイデアをデータベースに収めるのが当たり前の世界になってしまった…
エス氏は大学の講義だと言って僕の家からそそくさと去っていった。彼は見かけによらず頭が良いので、恐らくデータベースを管理する仕事に就くだろう。
それに比べると僕は酷いものだ、毎日家に入り浸り、考えを巡らすこともなく無気力にテレビを見ている。
近頃のテレビはワイドショーばかりで、取り上げるものと言えばアイデアの枯渇についてばかり――――社会で絶え間なく動く人々はアイデアの枯渇を恐れていた。
ワイドショーによると、とある学者たちはアイデアの枯渇それ即ち人類の滅亡と考えているらしい。
コメンテーターの一人がこの見解についてこう述べだした。
「我々にとって重要なのは百人の単純な発想よりも一人の革新的な発想ということ、今思えばそれは古来から伝えられてきた明訓でもあるんです」
僕はその意見に対して同意だった。
地動説を唱え続けたガリレオや、相対性理論を発表したアインシュタイン。彼らがいなければ我々はここまで進歩しなかっただろう。
しかしこれは僕に対するアンチテーゼでもあった。ついに僕は凡人の一人だと決定づけられた、そう思うと胸が苦しくなる。
エス氏のような賢明な人物は時と場合によって驚くような発見をする、僕はその瞬間が楽しみで彼と付き合っているのだ。
ふと時計を見ると短針が午後四時に迫ろうとしていた、僕はため息をつきながら布団に潜り込んだ。
次の日エス氏はいきなり昼に僕を呼び出した。
「今日やることは人類史に残る偉業である!」
彼は行動を起こす時、いつも決まってこういうのだ。
しかし今回は目の輝きが違った、なにか素晴らしいアイデアでも浮かんだかのようだ。
彼はこう言った。
「国の秘密情報を手に入れた、データベースのアイデアは消費される、その消費され捨てられたアイデアを拾いにいこう」
僕は少し困惑した、何故エス氏が国の機密情報を手に入れたのか、そして消費されたアイデアを何故拾いにいくのか。
しかし、エス氏は話を続ける。
「疑問に思っているのは分かる、でも捨てられたアイデアの中に宝が眠っているとは思わないかねワトソン君」
彼はいつになく上機嫌で僕を少し恐れさせたけれど、これは間違いなく僕自身が待ち望んだことだった。
「エス氏はどのようにして消費されたアイデアを拾いに行くつもりですか?」冷静に疑問を投げかける。
すると彼は人差し指をこめかみに当ててこう言い放った。
「俺たちには与えられた頭脳がある、そして今はインターネットがある、幻想郷を探しに行こう!」
「ハックするんですね」
こうして僕はアイデアの源泉、幻想郷を探し始めた。
エス氏が言うには灯台もと暗し、意外と近くにアイデアは落ちているとの事。
まずはネット上でデータベースについてくまなく検索する。案の定全く手掛かりは無かったがここでエス氏が手を施し、ダークウェブ内でデータベースの消去ファイルを探し始めた。
流石に国家が相手となっては手強いのかハックは難航した。
数ヶ月が経つ頃、エス氏はついに諦めた。
理由としては大学の講義にもろくに出ておらず、そしてなにより飽きが来たのだろう。
それでも僕だけは続ける事にした、唯一のチャンスだと感じた。
しかし無理だと分かった、得られた成果はダークウェブ内の取引人とのやり取りに慣れただけ。
僕も日常へと戻りかけたある日、一通のメール届いた、内容は文章では無く不気味なURLが貼ってあるだけだ。
そのURLは見るからに怪しい羅列をしていた。
ダークウェブ内のイタズラだろう、そう確信して放っておく事も出来たが、そのURLを僕は開いた…
あれからどのくらい経つだろうか、エス氏との交流は途絶え一人家に入り浸る日々だけが変わらず続いている。
あのURLはアイデアの源泉だった、誰が送ってきたのか分からないけれど、確かに幻想郷はあった。
そしてやっとそのアイデアを世に送り出す準備が整った。
これで世界が変わり、アイデアは枯渇することなく、人類は永遠の平和と安心を得られる。
僕はその広大なアイデアの源泉を、国家のデータベースに流し込んだ。
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