俺はこの世界の主人公
ぼろアパートの二階にある部屋では、山ほど積み上げられた空いた缶ビールの匂いと煙草の匂いが充満していた。
そこには時間の流れを恨んでは少しビールを飲み、恨んではまた煙草を吸うような生活をしている一人の男が住んでいた。
人生を語るにはまだ早い年齢であったが、物事を達観してみては皮肉交じりの一言で濁すような性格をしていた。
ある夜、そんな男は珍しく外で飲んだ。
軽快に千鳥足を弾ませながら帰路を急ぐ。
そんな時、男は誰かの肩とぶつかり足をもつれさせコケた。
「オレみたいな人間は外に出れば社会の壁にぶつかりコケるというわけか」
そう呟き、腰をさすりながら上半身を起こした。
「君、君に伝えたいことがあるんだ」
ぶつかって来た彼がしゃがんで話しかけてくる。
「なんだ、もう二度と煙草とビールで出来た繭の中から出てくるんじゃないってか」
顔を寄せられて腹が立った男は少し口調が荒くなった。
「違う、大事なことを伝えに来たんだ」
荒い口調で言い返されてもちっとも彼の態度は変わらない、まるで補導する警察官のようだ。
「だからなんだっての、早く言って去ってくんない」
アスファルトに座り込んでいる男はまだ酔っている様子で言った。
「実はね、君はこの世界の主人公なんだよ」
男は彼が大真面目な顔をして言ったものだからつい面白くなって笑った。
「面白い、俺が主人公ならなんだ、道端のホームレス達はヒロインかなにかか」
彼は一切態度を変えずに続ける。
「なら今ここで証明してみせよう」
そう言うと近くにあった自販機に近寄り、なにやらお釣りが出てくる場所を指さした。
「君、何も言わずにお釣りを出してみたまえ」
これまで態度を変えなかった彼が胸を張って得意気に言う姿を見て男は自販機の方へ寄った。
「金も入ってないのに…………」
重い身体をなんとか動かしてお釣りを引き出すレバーを引いた。
すると、大量の小銭が溢れ出すように出てくるではないか!
これには酔いが覚めたか男は口を半開きにしたまま、彼に向かって。
「これはどういうことだ、なにか仕掛けたな」
少し優しい口調になったのを見て彼は微笑んだ。
「いえいえ、これから君はこの世界の主人公になって大成功を収めるよ」
酔いが回っていて視界がぼやけていたため気付けなかったが、奴は紳士的な格好をした老人であった。
そのまま老人は気分が良さそうにあとを去った
翌日、男の部屋にはまだ微かに残ってはいたが、煙草とビールの匂いは消されていた。
ぼろアパートから出てきたその青年は、後に世界初のタイムトラベラーとなる。
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