第2話 真面目すぎて逆に面白い王さん

 北京ペキン郊外こうがいの農村で生まれ育ったというおうさん。

 当時は30歳くらいで、日本の大学院に通っていた。


 彼の日本語力はすさまじい。発声も完璧である。

 私との会話で日本語を間違えたのはたったの一回だけである。

 それはこれだ。


 西遊記さいゆうき。これを王さんは西遊記せいゆうきと読んだ。


 分かるわけないよねこんなのwwwwww

 でもこれくいらいの無茶でないと間違えないくらい、王さんの日本語は正確だった。

 なぜそこまで正確なのか、それは王さんの性格によるものだ。

 ……ダシャレじゃないよ?


「ここは日本なのだから日本語を話すべきです」


 王さんは生真面目な顔で私にそう言ったことがある。

 だからワンではなくておうさんと周りは呼ぶのです。


 なぜそこまで尊重してくれるのかと、感動したような困惑したような奇妙な感覚に襲われたものである。

 他の中国人たちにはそこまでの強いこだわりはない。それが当然だろう。


 勤務態度は実直そのもの。

 やむを得ないトラブルに巻き込まれたことがあって一時期休んでいたが、それ以外は無遅刻無欠席という優等生である。

 こういう王さんだからこそ、普通あり得ないような出来事がある夜、炸裂した。





 当店は中国人の客が多い。

 カタコトの日本語くらいは使える人が多いのだが、旅行者なんかだと一切使えない事もある。

 そんな中国人旅行客の一人が、タバコを買いに来た。

 レジに立っていたのは王さんである。


 タバコの販売そのものは完璧に済ませた。くり返すが王さんは優等生である、ミスなんてまずしない。

 だがその後、お客さんのほうがイレギュラーな要求をしてきた。


 親指をクイクイ動かして王さんに何かアピールし続けるお客さん。

 どうやら「ライターの火を貸してくれ」と伝えたいらしい。

 そのジェスチャーを理解しているのかいないのか、知らぬふりをする王さん。

 ちなみに私も王さんもタバコを吸わないので、自前のライターは持っていなかった。


 売り物のライターはたくさんあったが、どうも買いたくないらしい。

 お客さんは何とかして自分の要求を王さんに伝えようと頑張る。

 なにか中国語でつぶやきながらアレコレ動いているが、どうも王さんのことを日本人だと認識しているらしい。中国語で話しかけたりはしなかった。


 必死に頑張るお客さん。スルーし続ける王さん。

 一分ほど不毛なやり取りは続いた。

 このままではらちが明かないと判断したのか、王さんが諦めたような顔で口を開いた。


「    」


 中国語だったので私には何と言ったか分からない。

 しかしお客さんはそのひと言を聞いた瞬間、コメディアンのように脚をすべらせのけ反った。


「    !」


 こちらもやはり何と言ったかは分からない。同じような発音だったと思う。

 しかし何と言ったかは分からないが、何を言いたいかは強烈に伝わってきた。


『中国語通じるんかい!!』


 間違いなく相手は全身でこうアピールしていたwww

 結局私たちはライターを持っていないので、お客さんはしぶしぶ安いライターを買っていった。

 一分間の彼の努力はまったくの無駄だったわけである。

 異国の地で言葉の通じない(はずの)相手に頑張っていた彼。

 きっと辛かっただろうwww


「タバコを吸うならライターくらい持っているべきですよ」


 終わってすぐ近寄ってきた王さんは私にこう愚痴ぐちった。


「ここは日本なのだから日本語を話すべきです」


 また私にこの言葉を言って、王さんは自分の仕事に戻っていった。

 あまりにもお堅いw

 尊敬すべきところの多い人物ではあったが、しかしあまりにも生真面目すぎて逆に面白い人になっちゃってる王さんだった。

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