二話 ウチと高校生活と兄貴の帰郷

 神社の前で道路が丁の字に分かれている。向かって右の道を2kmほど行くと、我らが瀬ノ内高校である。

 この町唯一の高校であり、可もなく不可もなく、いたって普通の瀬ノ内高校は、田舎町の高台にある。山の斜面に沿って舗装された通学路は、見上げるだけで嫌気がさすほどの長い坂道で、坂の頂上にはセピア色の校門がどっしりと鎮座している。自転車通学の学生にとっては、最後の関門、通称「地獄坂」に行く手を阻まれ、幾人もの学生たちがその急勾配に敗北し、志半ばで自宅に引き返し自主休学に追い込まれたという最悪の立地だが、その分、教室からの眺めはまぁ悪くない。


 緩やかに連なる新緑生い茂る山々と、その麓をなぞるように走る線路にはオレンジ色のモダンな電車が走っている。

 学校の近くには整備された河川敷があり、毎朝欠伸を噛み殺した学生達がふらふらと面倒くさそうに歩く。

 河川敷の近くは、最近宅地開発されたエリアで田舎町には不釣り合いなほど現代風な趣な家が多いが、少し山の方に行くと昔ながらの瓦屋根に覆われた平屋が目立つようになる。

 町の至る所に神社や寺があり、山嶺には幾つか温泉が湧いているため、バックパックを背負った観光客も度々目に映る。

 良く言えば、平穏でのどかな町。悪く言えば、平凡でつまらない町。それが瀬ノ内町である。


 神社を出発して、重くなったペダルに悪戦苦闘しながら地獄坂をひいこら上るウチに「おはよーっす。涼子」と声を掛けてくるのはクラスメイトの井ノ崎 舞である。

 夏だというのにまるで暑さを感じさせない涼し気な表情を浮かべて自転車に乗る彼女は、カールのかかった栗毛の髪をなびかせて優雅にペダルを漕いでいる。

 白いシャツから覗かせる華奢な首元には瀬ノ内高校のリボンをつけている。


 構うと調子に乗って面倒なので無視していると、舞はウチの横に並んで、「ちょっと寂しいじゃーん。おはよってば~」と下手な泣き真似をして見せた。


「・・・前も言ったでしょ・・・。坂上ってる時は声掛けんなって・・・」

「朝から精が出ますなー。必死に立ち漕ぎなんかしちゃってさ!」

 けけけと愉快そうに笑う舞を睨みながら「あんたと違ってウチは電動自転車じゃないのよ」と言い返す。

「やっぱ文明の利器は偉大だよね~あの地獄坂が今や形無し!」

 科学は日々進歩しているのだ!と舞は一人拳を突き上げると、「じゃまた教室で~」と言い残して颯爽とウチを置いて行った。

 真夏の朝に汗一つかかずにペダルを漕ぐ舞は、苦し気に坂を上る学生を見つける度に「はっはっは。頑張り給え」と軽く煽っては追い抜いている。

 くそ。ウチも買ってもらうか。アシスト自転車。


 遠ざかる背中を追うようにして、やっとの思いで「瀬ノ内高校」と彫られた正門をくぐると、汗ばんだ体に一息つけた。校門前には花壇が二つ並べてあって、鮮やかな桔梗が咲いている。

 校庭へと続く並木道に植えられた桜の木は、今は緑の葉をつけて、強い夏の日差しを遮ってくれる。木の梢から空を見上げると、柔らかな緑閃光の光が照らしていた。


 

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