三話 ウチと兄貴と河川敷

「うん、いる」

 兄貴は呟いた。

 その言葉で兄貴を握る手に力が入る。強張った声で「今、どのくらいいる?」と聞くと、きょろきょろと周りを見渡した後に「十ぐらいかなぁ」とウチとは打って変って、緊張感をまるで感じさせないのんびりとした声色で言った。その鷹揚な態度が心強くもあり、腹立たしくもある。


 夕日に照らされた河川敷はきっと奇麗だった。大きな河の水面が、魚の鱗のようにキラキラと光っているし、川のせせらぎが絶えず聞こえてくる。

 川に沿って等間隔に植えられた桜の木は、深い緑の葉をつけ、その下ではおばあちゃんが団扇をはたいて涼んでいた。


 そちらの様子を伺うと、そのおばあちゃんの横にも「変なナニカ」がいた。若草色の着物に身を包んだそれは、遠目にはふつうの男の子に見えた。しかしよく見るとやっぱりおかしい。頭には穴だらけの笠を被っており、紅葉の方のついた豆腐を竹ざるにのせて持っているその「変なナニカ」はおばあちゃんの横に座りこんで、ただニコニコと笑っている。


 ばちゃん、と川の水が跳ねる。恐る恐る音のした方を振り向くと、大きなカエルのような「ナニカ」が川から上がってきていた。二足でぺたぺたと足音を立てながら土手に座りこんだカエルは、腰の巾着袋から煙管を取り出してモクモクと煙を吐き始めた。

 そのカエルが何かに気づいたのか、木陰に向かって手を振ると、陰から浴衣を着た犬が、これまた人のように二足で歩いて出てきた。カエルの横に座ると、裾から紙タバコを取り出して、二人そろってぷかぷか紫煙を吐いている。


 そんな調子で河川敷には、どんどん変なものが増えてくる。ちょっとしたお祭りのような賑わいだ。

 だというのに、向かいからやってくるお喋りに夢中な高校生も、土手で騒ぐ男の子も、まるで気が付いていないのだから驚きだ。まるでそこに何もいないかのように振舞っている。


「逢魔が時だ」と兄貴は言った。

「なんでこの河川敷に集まるのかは分からないけれど、夕方はそういう時間なんだ。お化けがでてくる時間なんだ」と囁くように耳元で言う。


「なんでちっちゃい声で話すの?」

「お化けに僕たちのことがバレないためだよ。見えてないフリをしとけば取り合えず安全っぽいから」

「なるほど、流石はおにいちゃん」と素直に感心するとふふんと兄貴は胸を張る。

兄貴はウチに頼られていることがだいぶ嬉しかったようだった。のほほんとしている天然な兄貴は頼りがいがあるほうではないし、相談事をしてもとんちんかんな返しばかりをするから、普段から兄貴を頼ることが稀だったというのもある。


「まぁ兄貴にまかせなさ――おっと」

「うわっ!」


兄貴は小石に躓いたらしく、手をつないでいたウチもそろって転ぶ。どしゃっと大きな音をたてて地面を転がった。

「おにいちゃん、ちゃんと足元見てよ・・・」

「ごめん・・・」

兄貴からは先ほどの自信に満ちた表情は消え失せ、しょんぼりとしなびたレタスみたいになっていた。膝をついてあからさまに落ち込んでいる。

「怪我はしてない?ほんとにごめん。僕ってほんとダメダメだ」


 いてて、と二人で地面にしゃがみこんでいると不意に頭上から「おいおい、小僧。大丈夫か?」としわがれた男の声がした。

「あ、はい。お気遣いなく」といって兄貴は上を見上げると、「・・・あ」とぽかんと口をあけて固まった。まるで時間が止まったように、ぴたりと固まって動かない。

どうしたんだろう、とウチも兄貴につられて地面に転がったまま、声の主に目を向けた。


 まず足元が見えた。黒い鼻緒の下駄を履いている。

 次に胴体が見えた。紺色の地味な浴衣を着ている。すこし着くずれた浴衣は、だらしなく胸元がひらいている。

 最後に頭が見えた。顎には無精ひげが生えており、頭には牛の骨を被っている。・・・ん?牛の骨?

 目元は見えないが、骨を被った浴衣姿の男はウチと兄貴を交互に見て首を傾げてた。


「おいおい、真逆真逆だ。目の前で転ばれたんで思わず声を掛けちまったが、真逆、返答があるとはな。久方ぶりだぜ。俺らが見える奴と出会うのは」

 牛の骨を被った男はそう言うとにやりと笑って、「おぅぅい!こっちに面白い小僧共がいるぞぉ!!」と声を張り上げたのだった。

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