たぶん、きっと「好き」なんだろう
夕魔 × 道香 (NL)
道香が男と談笑しているのを、偶然見てしまった。
旅の間に立ち寄った町での自由時間中の出来事だった。食料周りは道香が管理してくれているので、その他で何か必要なものはあっただろうか、とベンチに腰掛けて考え込んでいるところに、買い物袋を提げた道香が通りかかったのだ。
道路を挟んで反対側の歩道を歩いている彼女は、どうやらこちらに気が付いていないようだった。まぁ声を掛けるほどの用事は無いので、そのまま視線を外そうとした。ちょうどその時のことだ。彼女の後ろから見知らぬ男性が小走りに追いつき、その肩を叩いた。
──客観的に自分の顔が見えなくて良かった。そう感じてしまうほど、険しい顔つきをしているのが自分でも分かった。思わず「は?」と声が出てしまう。何、あの男。ナンパ? 後から思えば、自分もそうして路銀を稼いでいた時期があったことなど棚に上げて、男の動向を見張っていた。
彼女はというと、そんな気も知らずに無警戒に男の方を振り向いて二、三言葉を交わした後に破顔した。「は、」と、今度は全く違うニュアンスを持った声が漏れ出る。
思考が上手くまとまらない。何を言ったら彼女をああも笑わせられるのか、とか、見知らぬ男相手に無警戒すぎやしないか、とか。
……自分といるのは、本当はつまらないのではないか、とか。
考えだしたらキリが無くなってしまったので、ふらつく足で取っていた宿へと戻ることにした。次に会う時、どんな顔で接すればいいのか分からなかった。そもそも、それが分かったところで、そのように振る舞える自信など無いわけなのだが。
(所詮僕は、多少見てくれがいいだけの凡人だからなぁ)
そんなことを考えていたら、涙が零れそうになった。きっと道香も、先ほどの男とのやり取りで、僕という男のつまらなさに気が付いてしまうに違いない。……ああぁダメだ、死にたくなってきた。
「ただいまー……え、一体どうしたんだ?」
買い物を終えた道香が宿に戻ってくる頃になっても、どうにも立ち直ることが出来なかった。起きて何かをする気力もなく、ベッドに突っ伏したまま手を上げるとヒラヒラと手を振った。それが精一杯のお迎えになってしまったことでさえ、不甲斐なさで一杯だった。
「何かあったんだろう? 話したら楽になると思うぞ」
荷物を一度置いてからベッドに軽く腰掛け、こちらに話すよう促してくる。僕はというと、こんなみっともなくて情けない話を彼女に聞かせたくなくて、枕に顔を沈めたままでだんまりを決め込んでいた。
「そうか、残念だなー。夕魔にも買ってきたのに」
わざとらしい言い回しを変に思って、少しだけ頭を上げる。そこでようやく、気が付いた。
「あ、焼き芋……」
特有の甘くていい匂いが部屋に漂っている。片方を膝の上に乗せたまま、包装紙を開けて感嘆と声をあげる。
「おお、さすが八百屋自慢の芋だけはあるな。蜜がたっぷりだ」
腕をついて起き上がると、道香の持っているものを覗き見る。なんだか、自分の知っている焼き芋と全然違かった。包装紙が所々何かで濡れている。蜜がたっぷりって、どういうことなんだろう。さっきまであんなに落ち込んでいたのも忘れるくらい、道香の言う「蜜がたっぷりの焼き芋」に興味をそそられていた。
「ほら、夕魔の分」
差し出された包装紙を受け取ると、ベッドから足を下ろして彼女の隣に座る。見様見真似するように、慎重に包装紙を開いていくが、にも関わらず包装紙を濡らしていた蜜に指先が触れてしまった。べたつくのは少し不快だったが、今はそれよりも目先のものへの興味が勝っている。
確かめるように皮を剥いてみると、焼けて溶けてしまったのかと思うほどにぐずぐずだった。恐る恐る口をつけると、想像もしないほどの甘さが口いっぱいに広がっていく。
「何これ、おいしい……!」
「そうだろう、そうだろう」
反応を見て満足げにしているのも尻目に、夢中で焼き芋を食べていた。こんなに美味しいものだったなんて、初めて知った。知らなかったことを後悔するくらいだ。
食べている途中で、自分が空腹であったことに気が付いた。思えば最後に食事を摂ってから半日以上が経っている。各自で昼食を取ろうと話していたのを、すっかり失念していたようだ。
道理で思考が悪い方にばかり向くわけだ、と今更ながらに恥ずかしい気持ちで一杯になった。
「ご馳走様でした! あー、おいしかったぁ」
美味しいおやつに心も体も満たされた心地でいると、こちらもちょうど食べ終えたらしく、まるで話の続きをせがむように、道香が身を乗り出してこちらを覗き込んでくる。
「それで、なにをあんなに落ち込んでいたんだ?」
忘れたなんて言わせないぞ、と言いたげな気迫に折れて、重い口を開くのだった。
※ ※ ※
信じられない。話を聞いた道香はというと、一瞬呆気に取られたようにぽかんとし、次の瞬間には笑い転げていた。
「それっ、おま、お前……八百屋の主人だぞ!」
曰く、買い物先で話が弾んだのを何かの縁と思った店主が、彼女が買い物している間で焼き芋を用意しておくから、取りに戻ってきて欲しい旨を、わざわざ追いかけてまで伝えに来てくれたらしい。
つまり、全部僕の勝手な勘違いだったという訳だ。こんな話、ある?
「そんなに笑わないでよ……」
思い過ごしで良かったと安心すると同時に、なんだかどっと疲れてしまった。足に肘をついて頭を抱えたままで訴えると「悪い、悪い」と目尻の涙を拭っていた。
「夕魔は、心配してくれたんだもんな」
ありがとう、と感謝を伝えてくれた彼女に、素直に頷けなかった。確かに心配もしていたけれど、きっとそれだけじゃなかったように思う。でも、なんて伝えればいいのか分からなくて。この気持ちは、もう少しだけしまっておこうと、そっと口を噤んだ。
誰そ彼、月の名 ─短編集─ Kei @6Kei9
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。誰そ彼、月の名 ─短編集─の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます