今宵、グラスが乾くまで。

題材【描いた未来が昨日になるまで】


夕魔 + 志魔




 僕にしては一大決心。息子の志魔を晩酌に誘った。

 きっと付き合ってなどくれないだろうと、諦め半分、冗談みたいなつもりで声を掛けたのだが、それがまさか、了承を得られるなんて。何度も聞き返していたら鬱陶しそうにされてしまったので、大人しく夜を待つことにした。


「じゃあ、乾杯」

「乾杯」


 まさか、息子とこんな時間を過ごせるなんて、夢にも思わなかったな。夜も更け親子二人、ウイスキーを嗜みながら他愛のない話をする時間が、こんなにも嬉しくて、愛おしくて。胸がいっぱいで、思わず泣いてしまいそうだった。そんなことになったら今度こそ引かれてしまいそうだから、大人ぶってみるなどしてなんとか奥に引っ込ませた。

 ──まるで、夢を見ているようだと思う。いつ終えるとも分からない、長い長い、夢。

 生きて、そばで見守っていたかった息子の成長。その途中過程はまるごとすっぽりと抜けてしまったけれど。この夢での彼は、自分よりもずいぶんと大人びていて。それが少し悔しいけれど、僕なんかが生きて年を重ねていたとしても、きっとこの状況は変わらなかったかも知れないなぁ。なんて、思ったりして。


「……感謝、しないといけないね」


 今この時間が与えられているのは、紛れもなく□□のお陰であるのだからと言うと、志魔は深く頷いた。


「やっと気付いたのか?」

「ふふ、手痛いな」


 グラスの中、飴色をしたウイスキーが揺れる。今になって思うと、最初の頃はどうしてああも反発してしまったのか、不思議なくらいだった。


「これが世に言う、嫁姑問題?」

「言ってろ」


 冗談めかした言葉にふと笑ってくれるだけで、小躍りできそうなくらい嬉しいのだから、僕もそこそこ重症だろう。まるで赤ちゃんの頃に笑ってくれた時くらい嬉しい。うわー笑った!と、当時のように思えてしまう。

 志魔はどう思ってくれているんだろう。きっと僕はそんなに良い父親ではなかっただろうけど……何せ対等に張り合っているような感じだったし。だからきっと、僕の独りよがりでしかないんだろうけど。今、君と過ごすこの時間は、僕にとって何にも代え難い大切なものだ。


「今日はどうもありがとう」


 グラスも空になりかけた頃にそう告げると、彼はそれが当たり前のようにボトルを手に取り、注ぎ口をこちらへと向けた。


「なんだ、もう終いでいいのか?」


 グラスを寄せろ、と促すように注ぎ口をしゃくるものだから、つい反射的にお酌を受けてしまった。……息子からの初めてのお酌だ。嬉しい、今日は記念日にしよう。

 てっきり、一杯飲んだらおしまいだと思っていた。僕の我儘に、無理に付き合わせているつもりでいた。でも、そうじゃなかったのかも知れない。


「時間さえ合えば、またいつでも付き合うさ」


 飴色の中に、しずくが落ちる。ぽたぽたと落ちては溶けていくのを見ながら、何度も何度も頷いた。


 

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