誰そ彼、月の名 ─短編集─
Kei
CPなし(非CP)
帰れる場所など、もうないのだと
題材【帰る気なんてないのに、帰れる場所があってほしいと思っていることを自覚する話】
志魔 + リリス
リリスが初めて手料理を作った。
いや、もしかしたらあずかり知らぬところで作っていたかもしれないが、俺の知るところとしては初めてであった。そしてその料理は、どうやら俺のために作られたものらしい。
「……どういう風の吹き回しだ?」
トレイの上にある料理──オムライスを見て、また何か企んでいるのかと勘繰ってしまう。これを餌に何かさせようとしているのかも知れない。そういうことも以前、多々あったからだ。
「別に、なんだっていいじゃない」
「後から何か言われたくないからな」
そう言うと少し拗ねた顔をしていたが、それ以上は何も言ってこなかった。テーブルの上にオムライスとスープ、サラダが置かれるのを、ソファに座って待つ時間は如何ともし難く、だが何か落ち着かなくて。意図を探るようにその姿を見守っていた。
「早く食べなさいよ、せっかく作ったのに冷めちゃうじゃない」
結局、カトラリーが置かれるまで真意は何もわからなかった。まぁ彼女のしてくる要求などたかが知れているか、と半ば諦めて料理に口をつけることにした。
「……いただきます」
少々不格好なオムライスだった。上に乗せられた玉子はボロけ、チキンライスはただ盛っただけのように見える。それでも、ケチャップライスはきちんと作られていた。不慣れながらに、懸命に作ったのだろう。一通り見てからスプーンを手にすると、ひと匙すくって口へと運ぶ。
「味の感想なんて、言わないで頂戴ね」
コーヒーを淹れるのに湯を沸かしながら、背を向けたままで言う。だがしっかり“食べた”と認識している辺り、俺を通して視てはいるのかも知れない。
味はまぁ、レシピ通りに作られた典型的な味だとしか言えないものではあった。だがそれよりも、最初からずっと聞きたいことがある。
「どうして、料理を作ったのか?」だ。彼女は食事を必要としない。なので嗜好品以外はあまり口にすることが無かった。それが前触れもなく料理を作り、俺に振る舞うというのかが、いくら考えてもさっぱり解らなかった。
「別に意味なんてないわよ」
マグカップを二つ持って戻ると、一つを俺の前に置く。
「強いて言うなら、こうでもしないとろくな食事も摂らないからかしらね!」
相変わらずの減らず口も、ろくに聞いてはいなかった。
──手料理を食べる機会がない訳ではなかったのだが、なぜだろう。彼女の手料理は、ひどく懐かしく感じて。もう二度と食べられない母の料理の味など、思い出してしまって。完食し空になった皿を前に、少し感傷に耽ってしまった。
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