第9話

 広い荷馬車の上に、七人で四角く座る。俺から右回りに、ステフ、知らない無精ひげの男、知らない修道服のお姉さん(派手め)、知らない修道服のお姉さん(地味め)、知らない若い男、知らない太った男。

 

 知らない人ばかりで緊張する。俺以外は全員知り合いらしく、さらに居心地が悪い。


 後列には、今回の作戦には参加しないが、せっかくなので途中に通る領地まで送ってもらう旅人や商人が集まっている。ステフたちは中継地点のブネ領まで墓参りに行くのだそうだ。護衛費としてお金や物資を提供しているので、旅客という扱いなのだが、全員が騎士や神聖魔術師なのもあり、魔物退治を手伝っていたらしい。


「まずは自己紹介だな。年齢順でいいか?」


 無精ひげを生やした男が言い、隣の派手めなお姉さんへと意地の悪い視線を送る。視線を送られた派手めなお姉さんは、持っていた聖職者用の杖で男を小突き、マイナス百点、と言って睨みつける。途端に笑いが起きるも、俺にはさっぱり分からない。身内ノリ、というやつだろうか。


「ベラ・エデュアルドと申します。オロバス領で教誨師をしております。憧れのクニツ・ライナ様にお会いできて光栄ですわ」


 派手めなお姉さんがおしとやかに挨拶してくる。教誨師とはたしか、囚人にエイリス教の教えを説いて改心を促す職業だ。


「次はルースかしら? それともマイナス百点男?」


 ベラさんが尋ねると、若い騎士が口を開く。


「オレインさんのほうが誕生日がおそっ――いててっ!」

「次はオレインです」地味めなお姉さんが、若い騎士のお尻をつねってすまし顔で言う。雰囲気はずいぶん違うが、よく見ると目元や顔の形がベラさんと似ている。姉妹だろうか? 派手な姉と地味な妹って感じがする。


「相変わらず尻に敷かれてんなあ」無精ひげを生やした男が笑い、自己紹介を始める。「オレイン・ピエンソだ。オロバス領で騎士をやってたが、このたびハインツ領の警備隊として雇ってもらえることになった。今回の作戦が終わったら、城壁建設中の警備に参加する予定だ。ライナ騎士団長とは入れ違いだな。んで、好きなものはこいつ」オレインさんは皮の張ってある携帯用の酒壺をちゃぽんと鳴らす。そして端に寄せてあった荷物から酒瓶を取り出し、俺に手渡してくる。


「お近づきの印に、ぐいっと」

「すみません、酒は飲めないんです」


 丁重に断る。親父が酒好きで、酔うと必ず殴ってきたもんだから、俺は酒が好きじゃない。トラウマめいた思いに加え、息子である俺もああなってしまうんじゃないかと怖いのだ。


「なんだ、英雄と酒を酌み交わしてきたって自慢したかったんだけどなあ」


 オレインさんは残念そうに酒を引っ込め、短剣で器用にビンの蓋を開けて飲み始める。いつものことなのだろう、周りのメンバーは全員がスルーし、自己紹介の続きをしてくれる。


「ルース・エデュアルドです。ガープ領の教会で司教をしています」地味めのお姉さんがそう名乗る。ベラさんの妹という俺の予想は当たっているみたいだ。


 次は太った騎士が口を開く。


「王国騎士団監査隊所属、ベジョータ・イベリアです」

「よっ! 出世頭! フォカロル領の希望の星!」酔っぱらっているのだろうか、オレインさんが大声ではやし立てる。


「飲み過ぎですよオレイン先輩」若い騎士が言いながら水を渡すと、オレインさんは薬を嫌がる子どものようにつっぱね、「この程度の酒で酔うかよ。俺ぁ酒も女も強くねえと酔えねえんだ」と言ってステフの肩に手を回そうとした。ステフはそれを慣れた様子で払いのける。


「マイナス百点」ベラさんとルースさんが口をそろえて言い、場が笑いに包まれる。


 場が落ち着くまで待ってから、最後に残っていた若い騎士が名乗った。


「オルベージュ・エリタニアです。ガープ領を拠点に護衛騎士をやっています」


 ようやく自己紹介が終わり、俺は一人一人頭の中で顔と名前を確認していく。


 さっきから酒を飲んでいるのがオレインさん。無精ひげと態度はおっさんめいているが、よく見るとまだ若そうに見える。仕事はたしか、オロバス領で騎士をやっていて、ハインツ家に雇われることになったんだっけか。


 そしてオロバス領で教誨師をやっているベラさん。修道服という地味な衣装ながら、目鼻立ちがくっきりしているせいか、印象は派手め。


 妹のルースさんはガープ領で司教をしていて、姉妹なだけあってベラさんに似ている。ベラさんと違い、一目見て美人だと思うような派手さはないが、目が合うと笑いかけてくる仕草は思わず心を掴まれてしまう。


 その隣でにこやかに座っているのがオルベージュさん。人の良さそうな顔をした若い騎士。護衛騎士というのは、領地の外に出る人を護衛する騎士のことだったはず。


 厳めしい顔つきの太った騎士が、ベジョータさん。王国騎士団ということは、クッスレア本国に住んでいるのだろう。目の下にクマがあって、監査隊は激務だという話を思い出す。


「ここにいる全員が、オロバス領で同じ隊に所属していた仲間です。つまり、ペイルライダー強襲事件の生き残りということになります」ベジョータさんが真剣な顔で言う。


 今からちょうど一年前、突如としてオロバス領を襲った魔物、ペイルライダー。遙か昔、エイリス教の教祖、エイリス・キストールとその弟子たちが封印したとされる危険な魔物だ。偶然オロバス領に居たライナが退治したが、犠牲者は六百人を超えたと聞いている。墓参りというのは、そのときの犠牲者のことらしい。


 きっとライナは悔やんでいる。一万人を救おうと、一人を救えなければ失敗だと断じる。ライナはそんなやつだった。


「命を救っていただき、感謝します」


 ベジョータさんに合わせて、全員が頭を下げる。


「こっちこそ、生き残ってくれて、ありがとう」


 救えなかったという後悔を癒やすのは、他に救えた命があるという事実だけだ。プエルを救えなかった俺が出した結論。これから俺はできるだけ多くの人を救って、自分を慰めていくのだろう。


 真面目な雰囲気は、周囲の景色と一緒に流れていき、口数の多いオレインさんから自然と会話は始まる。ベラさんやルースさんが茶々を入れ、ベジョータさんがたまに鋭いツッコミを入れる。オルベージュさんとステフは場の盛り上がりに合わせて笑い、落ち着いた様子で雰囲気そのものを楽しんでいる。


 その光景を、俺は素直に羨ましいと思った。涙ぐみそうになるほど尊いとも。いつかクラミーが言っていたように、ライナ騎士団はあまり横の繋がりが強くない。騎士団という名前はついているが、みんなで集まって談笑することなんてない。


「すみません、ライナ様。身内ばかりで盛り上がってしまい」すぐ隣から、ステフがこっそりと言ってくる。

「いや、気にしないでいいよ。なんかさ、むしろ、ずっと見てたいって思えるんだ」


 こんなふうに、いつか俺にも輪になって盛り上がれる仲間ができるのだろうか。男女も年齢も関係なく笑い合う、そこに自分が居ていいと実感できる、いや、そんなことを考える必要さえない空間。そのお手本のような光景を見ていると、炭酸のあぶくみたく問いが湧いてくる。どう生きれば手に入るのだろう。どう接すれば構築できるのだろう。どんな話し方をすれば、どんなことを言えば、どんな自分であれば。


 語り合う彼ら彼女らの姿が、頭の中で勝手に騎士団のみんなへと置き換わっていく。クラミーがアホなことを口走り、カンちゃんがすまし顔でコメントする。ランランは体をのけぞらせて笑い、サンちゃんも口元を抑えてクスクスと笑う。シャハトはあきれ顔で顔をすくめるけど、すぐに笑顔に変わる。ステフは今みたいに落ち着いた様子で雰囲気を楽しんでいる。そしてそこには本物のライナがいるのだ。


 笑い合うみんなの光景が、まるで実際に見たことがあるかのように、鮮明に思い浮かぶ。


 だけど、そこに加わる自分は、うまく想像ができなかった。

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