第8話
どうせなら右翼が良かった……。右翼のメネア大渓谷から出てくる魔物はカーバンクルくらいだ。それも囮役の一匹が目の前をちょろちょろする程度。誘われて谷の近くに行かない限り、集団で襲われることはない。
反対に、四大儀式場の一つであるリビア砂漠に面した左翼はというと、危険な魔物のオンパレードだった。メイスなど打撃系の武器で外殻を叩き割らなければ刃の通らないロックリザード。吐き出した呪いの息が充満する前に手早く片付けなければいけないアンフィスバエナ。そして俺が特に恐れているのは、デス・ワームだ。名前がすでに恐ろしいし、資料に描いてあった絵もミミズみたいで気持ち悪かった。しかも体長が一メートル以上ある。想像するだけで鳥肌ものだ。体表は致死性の呪いが込められた液体で覆われており、しかもそれを口から噴射してくる。いつもは儀式場の中から出てこないのだが、六月から七月にかけて活動が活発になり、儀式場の外にも出てくるのだとか。今は七月末。滅多に出てこないが、出てきてもおかしくはない絶妙な時期。どうか出会いませんように。
「デス・ワームだあああ!」すぐ近くで若い騎士が叫んだ。
うん、知ってた。ライナは異世界ハーレム主人公だもんね。出会わないはずがないよね。でも偽物の俺にまで会いに来なくていいんだよ、デス・ワームくん。
蛇のように砂の上を滑り、体長一メートル超えの巨大ミミズが街道に乗り上げてくる。体の先端をびたんびたんと叩きつけ、威嚇してきたかと思うと、俺めがけて呪いの液体を拭きかけてきた。
「気持ち悪っ! てかくせえ! うわあああああ!?」
俺は無我夢中でエルフェンランドを叩きつけ、デス・ワームを退治する。隣で液体のかかった騎士がのたうち回っている。それを他の騎士が引きずり、神聖魔術師が待機している馬車へと運んでいった
グロテスクなデス・ワームの死体は黒い霧となって消え、周囲の騎士から歓声が上がる。
役に立てたみたいでなによりだ。なにもかも大精霊の加護のおかげだが。
「あの騎士は大丈夫なのか?」
「ライナ様が素早く退治してくださったので、呪いのもとは消えているはずです。治療が終わればすぐに復帰できます」
ほっとする。もう人が死ぬところは見たくない。
「しばらく左翼の警備に参加するから、危険なやつが来たら教えてくれ」
「助かります。今回の作戦は聖騎士の数が足りておらず、アンフィスバエナ程度ならどうにかなるのですが、デス・ワームのように致死性の呪いとなると……」
聖騎士とは、神聖魔術の使える騎士のことだ。デス・ワームのように呪いを撒き散らす相手だと、どうしても呪いの治療をしながら戦う必要が出てくる。呪いを撒き散らす前に倒す、あるいは呪いを避けることができればいいのだが、シャワーのように液体で吹きかけられては避けるのも難しい。ライド装置も城壁の外じゃグレムリンに壊される。
ローズさんはフランドール王姫から離れるわけにはいかないし、ここは毒の効かない俺が体を張るしかあるまい。
「うわあああ!?」
と、後列から悲鳴が響いてきた。
振り返ると、デス・ワームらしき影が見える。
「またデス・ワーム……運の悪い……」
近くでつぶやく騎士たちをかき分け、後列に向かう。
すると、十字架のような刃のついた槍が、デス・ワームに突き刺さるのが見えた。
「デス・ワーム、処理しました!」
槍の持ち主が報告し、後列の指揮官が「確認した」と返す。目をこらすと、黒い修道服が見える。見覚えのある後ろ姿。処理完了の報告も、聞き覚えのある声だった。
魔物が現れても行進の足並みは崩れず、邪魔にならないよう、俺はなるべく外側を通って後列を目指す。槍の持ち主が気になったので、一目見てみようと思ったのだ。
「君、どこの所属だ? あまり外側を歩くと危ないぞ。アッピア街道から出るとあっという間に置いていかれるからな」
見知らぬ騎士から注意を受けたので、内側に戻ろうとした途端、突如として砂の中からロックリザード――体長一・五メートルの大蜥蜴――が現れた。油断していた俺の腕にがぶりと噛みつき、そのまま街道の外へ引きずり込もうとしてくる。
「メイス持ち! こっちに来い! 引きずり込まれるぞ!」
見ていた騎士が叫んだ瞬間、十字槍を持っていた聖職者が猛スピードで走ってくる。そして、打撃用に膨らんだ槍の反対側を、ロックリザードの頭部に叩きつけた。岩のような外殻がたったの一撃で砕け散る。さらに俺の視界で槍が一回転し、十字の刃が素早くロックリザードの頭部に突き刺さった。
「ご無事ですか!」
消滅したロックリザードが霧となる。その向こうから現れたのは、ライナ騎士団専属の大司教、ステフ・アンドーラだった。
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