第4話

 王宮から城壁の正門までをまっすぐに繋ぐ大通りは、普段は露店が並び、聞くところによれば、営業許可の予約は数年先まで埋まっているのだとか。しかし今日ばかりは誰も店を出しておらず、その代わりにクッスレアじゅうの人々が集まっている。彼らは歓声をあげ、大通りを行進する俺たちに手を振っている。


 凱旋は、戦いに勝ってからやるものだっけ。だったらこれはなんと呼ぶべきだろう。壮行式か、激励会か、あるいは軍事パレードか。


 開拓祭――その名の通り、新たな領地が開拓されることを祝うお祭り。今日はその初日で、開拓予定地の安全を確保するため、現地の魔物を一掃しに行く俺たちを、クッスレア中の人たちが見送ってくれているのだ。


 観衆は思い思いの名前を呼んでいる。任務に参加する家族や知人、あるいは有名人の名前を。最も多かったのは、フランドール王姫の名前だ。彼女は胸部にだけプレートの貼られた軽装を身に纏い、ゴンドラ式馬車の中から、笑顔で国民へと手を振っている。


 その隣に腰掛けるローズさんは、自分の名前が呼ばれてもまったく反応せず、背筋をピンと伸ばし身じろぎ一つしない。


「ライナきしだんちょー!」


 子どもの声がして、俺は二人から視線を外す。集まる人々の中で、父親らしき男に肩車をされた男の子が懸命に手を振っている。俺が手を振り返すと、その子はなおさら大きく手を振ってきた。偽物だとか関係なく、思わず頬が緩む。


「変わりましたね。ライナ様」


 正面で、フランドール王姫が笑っている。


「終戦パレードでは笑顔の一つもお見せにならなかったのに」


 聞いたことのある話だ。終戦を祝うパレードで、主役であるクニツ・ライナはみじんも笑顔を見せなかったらしい。緊張していたのか、戦死者を悼んでいたのか、あるいは元からそういう性格なのか、民衆は様々に憶測し、なかには戦争で笑顔を失ったに違いないと同情的に語る人間もいたという。


「ごめんなさい。昔の話をしても困らせるだけでしたね」


 ライナと関係の深いフランドール王姫には、記憶喪失だと伝えてある。ローズさんにも話をしたのだが、たぶん理解してくれていない。


 というのも、ローズさんは言語機能に呪いがかかっており、言葉や文字が理解できないのだそうだ。普通に喋っているように見えて、相手の言葉はもちろん、自分の口から発せられた言葉すら理解ができていないらしい。自分で言ったことを理解できないという状態が、俺にはいまいちぴんとこなかったが、フィードバックができない、とサブレは言い表していた。それなのにある程度の意思疎通ができるのはなぜか尋ねると、ローズさんはあっさり一言、勘です、と答えた。これもいまいち理解できなかったが、とにかくそういうことらしい。


 正門前の広場に到着し、俺たちの乗っていた馬車が止まる。後列の馬車が続々と広場に入り、綺麗に並んでいく。ステフの乗っている馬車を探してみたが、見つけきれなかった。


「降りますよ」


 ローズさんが扉を開け、フランドール王姫をエスコートしながら馬車を降りる。周囲の馬車からも続々と人が降りてきた。騎士や聖職者はもちろん、大工やルーン魔術師など、魔物の殲滅後に町作りをする人員もいる。


 正門の横には舞台があり、ローズさんとフランドール王姫にくっついてその上に登る。三人で横並びになると、視界が開けて大勢の人だかりが目に映った。緊張で頭が真っ白になり、必死に考えてきたスピーチの内容が吹き飛ぶ。


「刮目!」ローズさんの凜とした声が響き渡る。たしか予定では「傾注!」のはずだったが、呪いのせいで間違えたのだろう。

「これよりライナ君から皆さんにお話があります!」


 なんかまた言い回しがおかしいけど、気にしてる場合じゃない。えーっと、ここで一歩前に出て……やばい、頭真っ白だ。どうしよう。なんて言うつもりだったっけ。あんだけ練習したのに……やばい、急がなきゃ。みんな見てる。えっと、えっと……あ、やばい、ダメだこれ。


「失礼! 段取りを飛ばしました!」


 突然、ローズさんが声を張り上げた。


 あれ? そうだっけ? 事前に説明してもらった通りのような気が。


 ローズさんが俺の隣に並び、一瞬だけ俺に視線を送ってから、前を向いた。


「騎士に告ぐ! 我々ではなく、後方を見なさい! ライナ君の言葉は騎士に贈る言葉ではありません! 騎士全員を代表し、クッスレアで吉報を待つ皆さんに贈る言葉です!」


 騎士たちは全員が背を向け、広場の奥に集まっている観衆へと向き直った。その瞬間、彼らの背筋がすっと伸び、緊張感が増したのが伝わった。


 こんな段取りはなかった。きっと俺のためにローズさんがアドリブで時間を作ってくれたのだろう。そのことに感謝しつつ、真っ白だった頭に言葉が浮かんでくる。といっても、それはてんでバラバラで、いまだ混乱の残る頭では上手くまとめられそうにない。


 話す順番を間違えたり、言葉に詰まったとしても、「えっと」とか「あっ」とか言わない。とにかく堂々とすること。クラミーがくれたアドバイスを思い出し、俺は声を張り上げる。


「太陽のような笑顔を! 友達の言葉だ! そいつは死んじゃったけど、マスターは約束してくれた! 太陽のような笑顔で溢れる町にするって! だから、そのために俺らは行く! えっと、以上!」


 ああああああ! 「えっと」って言っちゃった! しかも最後の最後で! あと少しだったのに! なんか順番もめちゃくちゃだった気がするし、予定よりだいぶ短かったし。語尾とかももっと英雄っぽくするつもりだったのに。


 後悔と反省、そして猛烈な恥ずかしさが渦巻き、俺は逃げるように一歩下がる。


「それでは次に、フランドール王姫からお言葉を貰います。全体! 前向け!」


 後ろを向いていた騎士たちが、再びこちらを向く。それと同時にフランドール王姫が前に出る。俺とは違い、まったく緊張を感じさせない佇まい。同い年なのに、その差になおさら恥ずかしくなる。


「皆様、このたびは朝早くから、我々を見送りに来てくださり感謝いたします」言葉だけではなく、フランドール王姫は実際に頭を下げ、感謝を伝える。そして間を置いて言葉を続ける。


「わたくしが本国を離れるにあたり、魔物を退ける結界は一時的に機能を停止します。不安に思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、ご安心ください。今このときも、城壁の外では討伐隊や警備隊の皆様が戦っておられます。それだけではありません。オロバス領では魔王城から流れてくる魔物を押しとどめ、本作戦の中継地点であるグレモリ領、ウヴァル領、ブネ領、アイム領、ヴァレフォル領では、街道沿いの魔物の一斉駆除を進めて頂いております。そしてそれを支えてくださる国民の皆様、ここパンゲア大陸に生きる全ての人類に敬意を表し、わたくしもまた、この命を懸けて開拓の成功に助力させて頂きます。人類の生きる地を、共に奪還しましょう」


 それでは最後に、王国騎士団近衛隊隊長にしてわたくしの親友、ローズ・ウェンベルクから激励の言葉を。フランドール王姫はそう締めくくり、後ろに下がる。


 ローズさんが前に出る。太もものベルトに差し込んでいた円柱形の金属を抜き取り、上の部分をダイアルのように回転させる。缶コーヒーくらいのサイズだったそれが、二メートルほどまでぎゅんと伸びる。ローズさんがそれを舞台に突き立てると、天に向けられた先端から、らせん状に光の帯がたちのぼる。それは見とれる間もなく収縮して、神々しい光の刃を形成する。


「騎士に告ぐ!」ローズさんの凜とした声が響き渡る。「弱きを恐れよ! 力ではなく、心の弱さを! 死を恐れよ! 自らの命ではなく、仲間の死を! 敗北を恐れよ! 目先の勝負ではなく、人類の敗北を! 正しき恐れは我々を強くする! 故に! 恐れを知らぬ魔物に負ける道理なしッ!」


 歓声が上がる。騎士の雄叫びだけでなく、この場にいる全員から、大地を揺らすほどの歓声が。あまりの迫力に鳥肌が立ち、俺は生まれて初めて武者震いというものを体験した。

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