第3話

「――というわけでして」


 会話の成り立たないローズさんに代わり、事務仕事を任されているというサブレがことのあらましを説明してくれた。彼の話はとてもわかりやすく、俺の低レベルな質問にも嫌な顔ひとつせず答えてくれた。


 そのあまりの対応の良さに、俺はすっかり感動してしまって、話の半分くらいしか理解できていないというのに、促されるまま書類へサインした。なんかよくわからんが、ハインツ家の領地開拓を手伝うお仕事らしい。


 全ての書類にサインをし終わると、


「よくできましたロベル。ご褒美にスペースサブレをあげましょう」


 ローズさんが腰に下げた袋から焼き菓子を取り出して、サブレの口元に運んだ。サブレは飼い主からおやつをもらう犬のようにぱくっと食いつき、幸せそうな顔で咀嚼する。


「ライナくんもどうぞ」


 ローズさんが袋ごと差し出してきたので、一つつまんで口に運ぶ。柔らかめの甘いクッキーに、塩味の効いた豆が良いアクセントを出している。


「こちらが予想される魔物のリスト、それから任務の日程表や詳細な作戦内容、契約書の控え、団員の参加リストはできるだけ早く提出していただけると助かります。特に変更がなければ提出せずそのままで構いません。ああ、それと、そちらに所属のステフ・アンドーラ大司教は旅客として参加申請を受理しています。ご存じとは思いますが、いちおう。死亡通知の送り先は任務開始までに記入していただければ大丈夫です。現在はトイバー邸のみで登録されていたはずです。こちらも追加や変更が無ければ提出の必要はありません」


 サブレが慣れた様子で喋っている。なんだか不穏な言葉が聞こえた気がしたが、そんなことよりこのスペースサブレとやら、おいしいなあ。


「さて、せっかくなので稽古をつけたいところですが、あいにくと予定がつまっているのでこれで帰ります」

「軽い説明だけですみません。あとは渡しておいた資料を読んでいただけると助かります。作戦内容にご意見があれば、王国騎士団に書状を。近衛隊宛てであれば僕まで話が回ってくると思いますので。それ以外でも気軽に呼び出してください。すぐに駆けつけますから」


 サブレはにっこり笑顔で言い、さっさと出ていったローズさんを駆け足で追いかけていく。俺はローズさんがおいていったスペースサブレを食べながら、任務の詳細が書かれているという資料を手に取る。


 どれどれ、任務の内容は……王姫の護衛、及び、魔物の掃討?


「んぐっ!? がっ、げほっ、げほっ!」


 驚きのあまりスペースサブレが気管に入り、盛大にむせる。


 王姫の護衛ってこれ、失敗したら打ち首じゃねえの? 魔物の掃討に関しては失敗イコール死みたいなもんじゃねえか。


「命がけの任務か……」


 まるで、死神との契約書にサインした気分だった。

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