第2話

 ローズ・ウェンベルク様がお見えです、というカンちゃんの台詞が終わる前に、ローズさんらしき人は勝手に書斎へと入ってきた。


 俺は慌ててアルバイト募集のチラシを隠し、ローズ・ウェンベルクという名前を記憶から検索しながら、現れた彼女の容姿を確認する。長身で手足が長い、俗にいうモデル体型。胸の膨らみから女性だと判断できるが、顔つきは男前と称してもいい美形。短髪なのも相まってボーイッシュな印象を受ける。太もものベルトには、缶コーヒーくらいのサイズをした円柱形の金属を差し込んでいる。ルーン文字っぽいものが彫られていて、なんだか古代の遺物めいたスピリチュアルを感じる。等々と、検索欄に情報を追加していく。


 検索がヒットする前に、彼女は小さな布袋をテーブルに置いた。じゃらじゃらとした音が響き、袋の口から大量の金貨が覗き見える。大金を目の前に、検索機能がショートする。


「前金です。これで準備を整えてください。ライナ君には必要ないでしょうが、規則とのことです」


 わけもわからないまま大金を差し出され、思わず口を半開きにしていると、


「待ってくださいよお、ローズさーん」


 という頼りない少年ボイスが廊下から聞こえてきた。瞳のくりくりとした可愛らしい少年が駆けこんでくる。淡い金髪の両側面に茶色のメッシュを入れていて、小動物みたいなオーラがあるせいか、まるで垂れ下がった犬耳のように見える。彼は書斎に入ってくるやいなや俺を見つけ、口を大きく開ける。


「わあ、本物のクニツ・ライナ様だ!」


 ごめんなさい偽物です。


「ほんとにお会いできるなんて! 光栄です! サブレ・ロドベールと申します! よろしくお願いいたします!」


 少年は瞳をキラキラと輝かせ、俺の手を握りぶんぶんとふる。なんだこのわんこ君は。


「わあ、すごいすごい。本物のクニツ・ライナ様。未来が見えるって本当なんですか?」


 わんこ君は顔を近づけ、俺の瞳をのぞき込んでくる。そんな彼の首根っこをローズさんが掴み、ぐいっと引っ張った。


「みっともないですよロベル。とりあえず座りなさい」


 ロベルというのは愛称だろうか? とにもかくにもサブレ君は、ローズさんにぽいっとソファに投げ飛ばされる。そのさい、サブレ君がわきに挟んでいた書類があたりに散らばった。かと思ったらまばたきする間にテーブルの上にまとめて乗っかっている。カンちゃんの仕業だと俺は分かったが、ソファの上でちょこんと正座しているサブレ君は驚きの声を発する。


「わあ! なんですか今の! 見ましたローズさん! 書類が! 一瞬で!」


 ソファから立ち上がろうとしたサブレ君を、ローズさんが頭を抑えて大人しくさせる。



「ここはトイバー邸です。なにが起こっても驚かないようにと言ったでしょう」

「えっ、言われてないです……」

「では、違うこと言ったのでしょう」

「だと思います」

「それより紹介がまだでしたね。彼はサブレ・ロドベール。事務仕事を任せている優秀なペットです」


 ペット? え? どういう関係?


「部下という意味です。気軽にサブレとお呼びください!」


 元気な子だな。なのにうるさいとは感じない。むしろ癒やされるようですらある。仕事を任せているってことは、成人してるのか。となると十六歳以上。勝手に年下だと思っていたが、もしかすると年上なのかもしれない。


「さてライナ君、サインをお願いします。今回の場所はうってつけですよ。サリサリ高地の近くですからね。せっかくなので羅刹の穴にも連れていきたいですが、流石に任務を優先しましょう」


 えーっと、たしか、この世界には『儀式場』と呼ばれる魔物の発生源となる土地があって、サリサリ高地は四大儀式場の一つで、羅刹の穴ってのは、そこにぽっかり空いた八つの陥没穴の一つだったはず。穴の底にはとんでもなく強い魔物が住んでいる……おお、すげえぞ俺。ちゃんと勉強したことを覚えてる。それなのにまったく話についていけないのはなぜだ?


「あ、あの、ローズさん、話がまったく見えないんですが?」


 最近取得したスキル『敬語』を発動させます。俺はさらに成長の程を実感するです。


「なにを言っているのですか。稽古をつけてくれと頼んできたのはライナ君でしょう」


 稽古、という単語が検索キーワードに追加され、ようやくローズさんのことを思い出す。


 ローズ・ウェンベルク――クニツ・ライナの師匠にして、人類の守護者。誰もが認める、人類最強の騎士である。

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