第38話
クッスレアの英雄クニツ・ライナ、悪徳貴族プエル・ザイファルトを討つ。クニツ・ライナの英雄譚にまた一ページ。悪徳貴族、英雄に敗北。自室で新聞の見出しを見ては、破り捨てる。
あの日、俺はショックのあまりその場で気絶したらしい。それからトイバー邸に運ばれ、目が覚めた頃には全てが終わっていた。
訪ねてきたデイガールから事後報告を受け、励ましの言葉をかけられた。騎士団の仲間も代わる代わる俺の部屋を訪れては、励ましの言葉をかけてくれる。
俺は「ああ」とか「うん」とか反射的に返事をするだけで、具体的に何を言われたのかよく覚えていない。ただ、私にできることがあればなんでも言ってください、みたいなことを、みんなが口をそろえて言っていた気がする。
食事もとっていないし、水も飲んでいない。記憶にないのではなく、本当にしていないのだ。ステフが定期的に部屋を訪れて、神聖魔術によって飢えと渇きを満たしてくれている。いつもの俺なら、異世界すげえ! とテンションを上げているところだが、なんの感動も覚えなかった。ただステフに手間をかけさせている罪悪感が湧いてきては、すぐに虚無感に押し潰される。
こん、こん、と扉がノックされる。
「ライナ様、マスター・ハインツ様がお見えです」
カンちゃんの声が聞こえた。返事をせずにいると、扉が勝手に開かれた。
「お邪魔するよ、ライナ君」
マスターの声がする。俺はそっちを見ない。ただ、ベッドで上半身を起こして、ぼうっと窓の外を眺めている。ライナはこの窓から、一体なにを見ていたのだろう。背の高い木々か、裏庭の芝生か、花壇か、塀か、あるいは、空か。どうでもいい事ばかり考えてしまう。
「殴られるくらいは覚悟していたんだけどね」
どうしてだろう。……ああ、そうだった。マスターも共犯者だった。でも、だからなんなのだろう。わからない。そんなことは、考えたくない。
「君が落ち込んでいると聞いて、色々と話さなければと思って来たんだ」
マスターはそばに来て、ベッドの上に紙束を置いた。気になったわけではなく、反射で視線が向く。目が自然と文字を追った。なにかの調査書だろうか。知らない顔写真と、簡単なプロフィールと、あとは、罪状が書き連ねられている。
「プエル君は『悪徳貴族』の悪名を用いて、他者に自分を悪徳貴族と思わせた。まあ、君なら大方の察しはつくだろうから、詳しい説明は省くよ。とにかく、プエル君は自分を餌に悪人をあぶり出し、また、悪事の証拠を集めて回っていた。これはそれをまとめたものだ」
そういえば、そんなことを言っていたな。プエルのやつ、黒魔術を正しいことのために使えてたんだな。だったらやっぱり、俺がちゃんと救えていれば、あいつは黒魔術をコントロールして、もっと多くのことを成し遂げていたはずだ。
あのとき死ぬべきだったのは俺だった。俺が死んだところでプエルが黒魔術をコントロールできたわけじゃないのはわかっている。だけど、考えてしまう。死ぬべきなのは俺だった。いいや、違うな。あのとき死ねたら良かった。今はもう自分で死ぬ気力すらないから、あのとき殺してくれればよかったのに。楽になろうとすんじゃねえ。自分で言っていたことが、むなしく心に響く。
「証拠は揃っているし、ドン家と協力して監視もつけているから今日中にでも全員捕まえられる。問題はこの功績をどうするかだ。この私としては、君に受け取ってもらいたい」
「そんな資格ねえよ」
自分の声が他人のように聞こえる。
「そうか。それじゃあ仕方がない。この私がありがたくもらっておくとしよう。正当な手段で、しかるべき報いを受けさせることを約束しよう」
もしかして、最初からそのつもりできたのだろうか。まあ、どうでもいいけど。
「それじゃあ、ザイファルト家の解体について、いくつか報告がある」
マスターはすらすらとザイファルト家のその後を語り始めた。それを俺は、興味もないくせにテレビのニュースを眺めるような気持ちで、聞くともなく聞く。
ザイファルト家に所属していた騎士団はハインツ家で受け入れることになった。土地は本邸と庭園を残して売りに出された。ザイファルト家の資産、および土地を売って得たお金は、ザイファルト家解体によって打撃を受けた商人たちへの保障、孤児院への寄付、ドン家が進めている貧民街の開発事業への援助、などに使われる。それとは別に、プエルの個人資産――といってもほとんどはアンドレアスの遺産だが――が存在し、それはカレンが相続した。カレンの個人資産と合わせて、母娘二人で何不自由なく暮らせる。それどころか孫の代まで遊んで暮らせる。そもそもカレンの美貌と魔女魔術があれば、引く手あまたどころか、争奪戦のようなことまで始まっている。カレンはそのことごとくを、息子の件に心の整理がつくまでは、と断っている。リコは塞ぎ込んでいたが、最近は立ち直り、むしろ俺の心配をしている。
以上のことを、マスターはよどみなく話した。
「さて、なにか質問はあるかな?」
「ないよ」
まだ何か話があるのか、マスターは立ったまま俺のほうを見ている。その視線に耐えかねて、思わず俺のほうから口を開いていた。
「まだ何かあるのか?」
「はっはっはっはっは!」突然、マスターは声をあげて笑う。「たまにいたんだよ。この私の授業を、ぼうっと聞くともなく聞く生徒が。そのたびにこうしたものさ。授業というのは一方的に喋ることがほとんどだからね。そのような状況でいきなり黙ると、ぼうっとした生徒はなんだか不安になって、我に返ったように意識を向けてくれる」
まんまと思惑にはまり、意識を向けた俺に、マスターは言う。
「ザイファルト家の悪名は全てプエル君が背負った。カレン婦人とリコくんが糾弾されるようなことはない。むしろ被害者のように言われている。カレン婦人の立ち回りが上手かったのもあるだろう。だから、なにも心配はいらない」
心配? そんなこと、考えてもいなかった。勝手に終わったような気になっていた。
「故人を悼むのは良いことだし、責任を感じてしまうのはどうしようもない。けれどライナ君、生きている人間にも目を向けたほうがいい。そしてその生きている人間には、君も含まれているんだ。特に君のような将来有望な若者が、失意の底に居続けるのは見過ごせない」
マスターの言葉は、不思議なほどに心にしみた。生きている人間にも目を向けた方がいい。そうだ、終わっていない。プエルは死んだけど、生きている人間には続きがある。みんな、生き続けてる。遺族であるカレンとリコも、励ましてくれた仲間も、どこかで何かをしている。空っぽに思えた頭の中に、深い水の底から空気の泡が浮かんでくるように、言葉が生まれる。なにをやっているんだろう、俺は。
「ようやく感情が戻ってきたかな」
あれだけ仲間に励まされて、今更ながら嬉しさと、ありがたさと、それを無視し続けた自分を恥じる気持ちと、死んでいた感情が、徐々に蘇っていく。
「すごいな、マスターは」
「とんでもない。こういうのは、時間が解決してくれるものさ。そしてその時間を、君の仲間が早めてくれていた。この私はやってくるタイミングが良かったに過ぎない」
「でも、やっぱりすごいよ。マスターの言葉がなかったら、まだずっと話す気になれなかったと思う」
「だとしたらこれほど嬉しいことはない。なにせ、若者を導くことがこの私の生きがいだからね」
「プエルにもそうだったのか?」
つい口を出た質問は、マスターを責める気持ちがあるわけではなかった。しかし、マスターはそう受け取ったのか、ばつが悪そうな顔をする。
「ああ、いや、責めてるとかじゃなくって」
「いや、いいんだ。プエル君が死んでしまった責任の一端は、この私にもある。見立てが甘かった。ディエゴ・ベガという前例を見て、黒魔術をコントロールする術があると、早合点してしまった。それをプエル君が実現可能かどうか、しっかり考えるべきだった」
なんというか、今のマスターは、倉庫で見たマスターとは別人のように思えた。もしかすると今のマスターが表の顔で、あのときは裏の顔、ということなのかもしれない。なにせ劇団の看板役者なのだから、演技などお手の物だろう。どちらが本性なのか、俺には知るよしもないが。いや、本性もなにも、偽物の俺とは違い、全てが本物のマスター・ハインツなのだろう。
それに、実現は可能だったのだ。俺が本物のクニツ・ライナでさえあれば。あいつの憧れに、光に、ちゃんとなれていれば。
そう思うと、やはりどうしようもない後悔が心を満たす。
「ライナ様、リコ・ザイファルト様がお見えです」
いつのまにか部屋の外にカンちゃんが立っていて、そう言った。
「リコ君か。だったら、この私は退場しようかな。それではライナ君、ゆっくりでもいい。立ち直ってくれたまえ」
マスターは颯爽とマントを翻し、部屋を出て行く。
「ライナ様、お通ししてもよろしいでしょうか?」
カンちゃんが気遣わしげに言った。心臓が驚くほどのスピードで鳴っていることに気がつく。そうか、俺、リコに会うのが怖いんだ。どうしてお兄様を救ってくれなかったのと、責められるのが怖いんだ。
「ライナ様、都合が悪ければまた明日にでもと、リコ様は仰っていますが」
余程の表情をしているのだろう。カンちゃんはなおも気遣わしげに言う。
「いや、会うよ。会わせてくれ」
ベッドから降りようとして、転びそうになる。足が震えているのだ。大丈夫。マスターは、リコは俺のことを心配している、と言っていたじゃないか。いくら言い聞かせても、鼓動が落ち着かない。そうか、心配されることすら怖いんだ。優しく励ましてくれることすら、心を押し潰すおもりになるのだ。
でも、会わなきゃ。何を言われたっていい。押し潰されたっていい。そう思って会わなきゃ。苦しまなきゃ。プエルにあれだけのことを言ったのだ。俺が苦しまなくてどうする。どれだけ苦しくとも、生きている以上、続いていくのだ。だったら、向き合わなきゃ。
「客間に行くよ。ちゃんと迎えたい」
カンちゃんはいつもの顔に戻り、では、そのようにいたします、と言って姿を消した。
歩き出そうとすると、足の震えのせいか、数日寝たきりだったせいか、足がふらついた。頼りない足取りで廊下に出て、壁に手をつきながら歩く。屋敷の中央にある階段を目指していると、廊下の向こうから、クラミーが俺の名前を呼びながら小走りに駆けてきた。
慌てて壁から手をはなす。何日も廃人同然の生活を送っておいて今更だが、やはりこんな姿は見られたくない。
「ライナ殿の現在地が動いたので見に来てみれば。もう大丈夫、とは言えませんが、安心したのです」
「ちょっと待て、現在地ってなんだ」
「エルフェンランドのある方向とおおよその距離は、このメガネに表示されるのです」クラミーはビン底メガネのつるをつまむ。
「聞いてねえぞ」
「そういえば、記憶喪失になってから改めて伝えていなかったのです」
しれっと言うクラミーに、おい、とツッコミを入れていると、不思議と元気が湧いてきた。落ち込んでいるときは、こういうくだらない会話が一番効くのかもしれない。
「いやあ、ようやく会話らしい会話ができましたね。いくら話しかけても上の空でしたから。天才の励ましを無視するとは良い度胸なのですよ」
「悪かったな。いや、ほんと、ごめん」
「お気になさらず。それより、ようやく言葉が届くようになったライナ殿に、言っておきたいことがあるのですが」
クラミーはなんだか緊張した様子で言葉をためる。つられるように俺も緊張して、思わず生唾を飲み込んだ。いったい何を言われるのか、身構えていると、
「私は天才なので、こういう時になにを言えばいいか知っているのです…………大丈夫ですかライナ殿? おっぱいもみますか?」
一気に体から力が抜け、その場でずっこける。
「あのなあ、お前……」
立ち上がろうとしたところで、暖かいものが顔を覆った。
クラミーに頭を抱きしめられているのだ。
「これからリコ殿に会うのですよね。勇気のいることと思います。よく立ち上がってくださいました。大丈夫、大丈夫なのです。天才が言うのですから、間違いありません」
やめろよ。これからリコに会うのに、泣きそうになることすんじゃねえよ。こんなことしてもらう資格、俺にはねえんだよ。突き放そうとする意志とは裏腹に、腕に力が入らない。クラミーは俺の頭を胸に抱いたまま、
「どうです? 貧乳とはいえ、あることにはあるでしょう? ギリ揉めるのです」
などと抜かしやがった。
こっちは感情を取り戻したばかりなんだぞ。上下に振り回すな。
しかし、頼りなかった足は、驚くほど簡単に立ち上がった。
「ありがとう、クラミー」
「いえ、天才として当然のことをしたまでです」
脳天気に見える表情だったが、くせっ毛の隙間からちょこんと顔を出す耳が赤かった。ふざけたような台詞は、照れ隠しだったのかもしれない。
「お引き留めしてすみません、さあ、リコ殿が待っているのです」
「ああ、いってくるよ」
ありがとう、と最後にもう一度言って、俺はまっすぐに廊下を歩いた。
階段を下り、だだっ広い玄関ホールに降り立ち、大理石の床を歩く。赤いカーペットの敷かれた一階の廊下を突き進む。客間に近づくにつれ、クラミーが軽くしてくれた足は重くなっていく。それでも歩調を変えず、歩く。たったそれだけのことで、疲労感に襲われる。走っているわけでもないのに、心臓がばくばくと鳴り、必要のない量の血液を循環させ、体を熱くする。
客間の扉に手をかけたときにはもう、心臓が爆発しそうだった。深呼吸をして、扉を開ける。ソファに座っているリコと目が合った瞬間、視界がちかちかと明滅し、足下がぐらついた。
「ライナ様!」リコは叫び、ソファから腰を浮かす。一瞬、俺は自分が倒れてしまったのではないかと思ったが、そんなことはなかった。立っている。立てている。
腰を浮かしたリコは、先ほどまでの勢いを押し殺すようにゆっくりと立ち上がる。「ライナ様」もう一度、今度はつぶやくように名前を呼ぶ。「もしかしたら、会ってくださらないんじゃないかって。ずっと塞ぎ込んでいると聞いていたから、でも、よかった。嬉しいわ」
「ごめん、心配かけちゃったよな。俺はほら、見ての通り大丈夫だから」
できる限り明るく振る舞ったが、上手くいっていないことは、リコの様子を見れば明らかだった。仕草か、表情か、声色か、どこから判断されているのかわからないが、リコは気を遣うように、「いつまで立っていらっしゃるの? ライナ様が座らないと、私も座りづらいわ。レディーをいつまでも立たせるものじゃないと思うの、私」と言葉を繋ぎながら、俺の手を引いてソファに座らせる。テーブルを挟んで向かいに自分も座りながら、リコはなおも言葉をつなげる。「待っているあいだにね、お姉様が紅茶を煎れてくださったの。暖かいハーブティーよ。とっても美味しいの」テーブルの上には、少しも減った様子のない紅茶がある。「ああ、お姉様をね、お姉様って呼んで良いって、許可を頂いたわ。安心して、もう喧嘩なんてしないから。喧嘩というか、お姉様が一方的に怒ったのだけれど。でもね、そんなことすら私、嬉しかったのよ。だってきちんと感情をぶつけてくれたんだもの。姉妹ってそういうものでしょう? お兄様とはあんまり喧嘩とかしなかったから」
リコはここで言葉を途切れさせた。嫌な沈黙が流れる。リコにばかり話をさせている自分が嫌になる。しかし、なにか言おうにも、なにも思いつかない。そしてまた、リコが話し出す。
「仲が悪かったわけじゃないのよ。でも、ほら、兄と妹だと、性別も違うし。小言を言われることはあったけれど、でもそれは心配しているからだってわかってたから、まあお兄様ったら、そんなに私のことが可愛いのね、なんて思ったりして、それで、そう口にしたときは、呆れられたから、喧嘩みたいな喧嘩には、ならなかったの」
明るく振る舞っていたリコは、プエルの話になった途端、どんどん言葉尻が弱々しくなっていく。俺はそれに耐えかねて、「ごめん」とつい口にしていた。
「どうしてライナ様が謝るの?」
嫌味や皮肉で尋ねているふうではなかった。それでも、俺は途端に怖くなる。何を言われたっていい。そう覚悟していたはずなのに、まともにリコを見ることができない。
しばしの沈黙のあと、リコがつぶやくように言った。
「私ね、あのあと、たくさんの人を責めたわ」
逃げ出したい衝動に駆られる。耳を塞ぎ、俺は悪くない、なんで責められなきゃいけないんだ、そう叫んで、逃げ出したくなる。それをじっとこらえ、まるで父親から説教をされる小学生のように、その場で固まる。
「どうして殺したのって、ディエゴに思いっきり拳をぶつけた。どうして止めてくれなかったのって、生まれて初めてお母様に怒鳴った。アリアにさえも八つ当たりしたわ。どうして治してくれないの、なんのためにあなたがいるの、酷いことをたくさん言ったわ。お兄様にだって、心の中でずっと恨み言を吐いた。なんであんなことをしたの、自業自得よ、どうして私を悲しませるの。そうやって罵るほうが、悲しむよりずっと楽だった。そしてなにより、なにも出来なかった自分を責めた」
そうだ。つらいのはリコのほうだ。俺なんかより、ずっと辛かったに決まってる。俺には辛いと言う資格すらないのだ。だから、逃げるな。ちゃんと聞け。
顔をあげると、リコがくちびるを震わせているのが見えた。
「でもね、ライナ様。私、ライナ様だけは一度も責めなかった。だってそうでしょう? ライナ様は誰よりも必死にお兄様を救おうとしてくれた。そんな必要、どこにもないのに。決して剣を抜かず、本気で。命がけで」
視界が歪む。ダメだ、泣くな。許された気になるな。ずっと背負っていかなきゃならないことだ。
「だから、今日は私、ありがとうって、伝えに来たの」
決壊する。涙が、声が、感情が。せき止めていたものが全部、吐き出されようとしている。俺は必死に口を押さえて、テーブルに突っ伏す。全てを抑えきることはできなくて、涙をぼろぼろとこぼす。情けなく、声を押し殺して泣く。
ありがとう、ライナ様。ライナ様は何も悪くないわ。責任なんて感じないで。リコの声が聞こえる。欲しかった言葉に違いなかった。欲しがっていたことを、情けなく思った。それでも、心の中に生まれてしまう温かさや安心感はどうしようもなく広がっていく。こんなんじゃいけない、許されてはいけない。そう否定しても、優しくされることに、身を委ねたくて仕方がない。自分を自分で許してしまいそうになる。
いいのだろうか。許されても。許してしまっても。優しくされても。何かをなせたような気になっても。頑張ったじゃないか、と自分を褒めてしまっても。
いいわけがない。誰が許そうと、俺だけは俺を許しちゃいけない。でも、だったら、向けられた優しさをどうすればいい? 突っぱねようにも、手放そうにも、心にしみこんで離れない。
俺は必死に言葉を紡ぐ。本心なのか、それともそう思おうとしているのか、もう自分でも分らない。
「ありがとう、リコ。ごめん、でもやっぱり、背負いたいんだ。約束する。前を向くから。プエルのぶんまで苦しんで、プエルのぶんまで頑張るから。だから、勝手かもしれないけど、背負わせてくれ」
ふふっ。リコの、呆れているようで優しい、息を吐くような笑い声が聞こえる。
「男って、本当に馬鹿よね。お母様の口癖、今ならわかるわ。そういう人を、お母様は好きになるのね。私も、お兄様も、きっと同じなんだわ。だからライナ様を好きになった」
前を向く。責任を果たすために。二度と同じ過ちを繰り返さないために。みんなの優しさは、そのために使う。自分を許すためじゃなく、背負った重みを支える力にする。
それでいいんだよな、ライナ、プエル。
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