第37話

 剣の落ちる音がした。少し遅れて、液体のしたたり落ちる音。


 剣の音は? プエルの剣だ。じゃあ液体は? 血だ。それは誰のだ? 俺じゃない。プエルの剣は、俺の眼前で止まって地面に落ちた。大精霊の加護を捨てたはずの俺の体には、傷一つない。



 血は、プエルの腹部から垂れていた。


「死ぬおつもりですかな?」




 ディエゴが、プエルの腹部にブラックスパイを突き刺していた。


 プエルを覆っていた黒いもやが晴れていく。ディエゴに力なく体を預けているプエルは、かすれた声で言う。


「ディエゴ、苦労をかけてばかりで、すまない」

「もったいなきお言葉ですなあ」


 待て。待ってくれよ。なにやってんだよ。助けるんじゃなかったのかよ。カレンはなにをしてる。抑えててくれてたんじゃないのか? それにプエルも、なんでこれで最後みたいなこと言ってるんだ。まだ助かるだろ。アリア大司教はどこだ。ディエゴの大けがを治したんだろ? だったら、プエルだってまだ治るはずだ。めまぐるしく考えが回るが、言葉にできない。あまりの出来事に声が出せない。


 元の姿に戻ったプエルが、ディエゴの肩に乗せていた頭を持ち上げて、俺を見る。


「すまない、ライナ。迷惑をかけたな」


 だから、なんで諦めてんだよ。諦めちゃダメだろ。まだ手はあるはずだ。早くアリア大司教を。三階の窓を見る。リコの姿がない。アリア大司教を呼びに行ったに違いない。


 プエルの顔から徐々に力が抜け落ちていく。満足も、後悔も、悔恨も、なにもない表情になっていく。全ての色が失われていく。


「待て! 行くなプエル!」


 死ぬな、そう言いたかったのに、どうしてかそんな言葉が口から飛び出ていた。プエルに手を伸ばす。しかしディエゴが優しくそれを制する。


「あとはわたくしめが。どうか、気に病まないでいただきたい」

「待てよ! まだ諦めちゃダメだろ!」


 お兄様! 遠くからリコの声が聞こえる。アリア大司教を連れて、こちらに走ってきている。


「ほら、まだ間に合う。だから死ぬんじゃねえ! プエル! おいプエル!」


 返事しろよ。なあ、なんで動かねえんだよ。


 アリアが到着する。傷を癒やそうとしたところで、ディエゴが止めに入り、静かに首を横に振った。


「もう、死んでおります」


 アリアが杖を落として、その場で泣き崩れた。リコは泣きわめきながら、ディエゴにすがりつくようにして拳を叩きつけている。アリアのすすり泣く声と、リコの泣きわめく声と、ぴくりとも動かないプエルと――あらゆる現実が、絶望になって押し寄せてくる。プエルが死んだ。俺のせいで。俺がクニツ・ライナじゃなかったから。俺がクニツ・ライナになれなかったから。


 頑張ると決めた。どんなに苦しくたって、頑張り抜くと決めた。だけど、これは駄目だろ。だってこれはもう、どんなに頑張っても、苦しんでも、取り返しのつかない――。


「あ、ああ、ああああああああ!!!


 自分の絶叫が、意識を塗りつぶした。

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