第23話

 スター・イン・マイ・ハーツの正体がプエルだとするならば、新たな疑問も浮上する、とデイガールは言った。はたして、プエルはどのようにして黒魔術を習得したのか、という疑問だ。




「あいつの適性は白魔法だったはずだ。それを黒魔法へと導いた者がいる」


「魔導師、だっけか?」




 この世界の人間にはそれぞれ魔術法則に対する適性があり、基本的には適性に沿った魔術しか使うことができない。そのルールをねじ曲げることができるのが魔導師だ。黒魔導師なら黒魔術に、白魔導師なら白魔術に、ルーン魔導師ならルーン魔術に、文字通り導くわけである。




「どこかに黒魔導師がいるはずだ」

「そいつが黒幕……」




 一人だけ心当たりがある。ディエゴだ。黒魔術に詳しいと言っていたし、ライナともなにやら因縁があるようなことを言っていた。なにより、ザイファルト邸でみせた異様な雰囲気。




 そのことをデイガールに話すと、




「私も怪しいと思っていたところだ。そもそもディエゴ・ベガは経歴に謎が多い」

「元々は、アンドレアスの側近だったって聞いてるけど」

「そういうことになっているが、私がディエゴの存在を知ったのは、プエルが当主になってからだ。それまでは名前すら知らなかった。妙だと思わんか? やつがアンドレアスの側近だったならば、私がアンドレアスを殺したとき、やつはなにをしていた?」




 確かに妙な話だ。




「ディエゴ・ベガについても詳しく調べたほうがよさそうだな。それと、マスターも信用しないほうがいいかもしれん。あの日、ザイファルト邸の三階にいた人間は全員がグルということもあり得る」


「実行犯がプエルで、そのプエルに黒魔術を教えたのがディエゴ。そしてカレンとマスターも協力者ってことか?」

「そうだな。今のところはそれ以外の可能性が思いつかん」




 やっていることは義賊だし、死人も出ていない。いまいち危機感に欠けていたが、大貴族のトップが二人も共謀しているとなると、事によっては国を揺るがす大事件だ。




「まったく、ようやく戦後の混乱もおさまりかけているところにこれだ」




 デイガールは大きくため息をついた。




「ザイファルト家が失墜するようなことになれば、傘下の商人たちがその後釜を狙おうと必死になる。ようやく落ち着いてきたこの時期に、不要な混乱を招きたくはない。私としては、このままプエルを新当主にすえて、ザイファルト家には存続してもらいたい。今ならまだ、多少の無理筋を通すだけでそれが叶う状況だ」

「というと?」

「すべての罪を黒魔導師になすりつける」




 とんでもないこと言いやがった。




「事実を隠蔽するっていうのか?」

「そうだ。王国騎士団が出張ってくる前にけりをつけるぞ」




 それからもうしばらくナイトウォークは続き、スター・イン・マイ・ハーツを捕まえる為の作戦を話し合った。ディエゴの調査はドン家に任せるとして、当面の俺の仕事はプエルの監視だ。今の俺であれば、ザイファルト家に出入りする理由はいくらでも作り出せる。あれだけ必死に友達になってくれと頼んだんだ。毎日おしかけたって怪しまれないだろう。




「流石だな。すでに懐に入り込んでいたとは」




 デイガールの賞賛を素直に受け取れなかったのはおいておこう。




 そして調査が終わり次第、ディエゴを黒魔術の容疑で捕まえる。それと同時にプエルを説得し、犯行をやめさせる。そのあいだに新しい犯行があるかは運次第だが、準備も整わないまま焦って行動を起こすのもマズい。無理に捕まえようとして逃げられる、あるいは口封じに殺されることだってあるのだ。まあ、エルフェンランドがあれば命の心配はいらなそうだが、とはいえ絶対でもない。拘束して監禁、水も食料も与えない、なんてことになれば普通に死ぬ。




「それにしても、懐かしいな。あのときはよくこうして二人で密会して、話し合ったものだ。内容は、復讐の方法なんていうろくでもないものだったがな」




 デイガールは俺の足が止まったことに気づかず、月を見上げながらゆっくり歩く。




「今の私がこうしていられるのは、紛れもなくお前のおかげだ。お前がいなければ、私の人生は復讐を果たした時点で終わっていただろうよ。いや、復讐すら果たせずに、恨みだけを抱いて死んでいたかな」




 過去を懐かしむデイガールは、後ろを振り向いて俺の顔を見た途端、語るのをやめた。




「困らせることを言ったな。すまん、つい懐かしくなって」

「いいんだ。俺もライナのことは知りたいし」

「そうか。じゃあ、これだけ言わせてくれ。お前は私の復讐を否定しなかった。その上で、未来を見ろと言った。復讐はゴールじゃなく、この先を生きるために必要な行為だと。わかるかライナ、お前は私に未来を見せてくれたんだ。そのことだけは、知っておいて欲しい」




 赤い瞳がまっすぐに俺を見つめる。俺はとっさに目をそらそうとした。もったいない、あるいは、重かったのだ。熱いまなざしも、言葉に乗った想いも。だけど、受け止めきれたわけじゃないけれど、それでも目はそらさなかった。




 それができたのは、俺がほんの少し強くなったのか、あるいは、彼女の美しさに見とれてしまったからかもしれない。

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