第22話
トイバー邸に帰り着く頃には、すっかり夜も更けていた。あとはメシ食って風呂入って寝るだけだ。そう思っていたのだが、来客があった。デイガールだ。
「少し、二人だけで話したいことがある」
トイバー邸の敷地はカンちゃんの魔女魔術によって監視されている。俺たちは敷地の外へと出かける。
森の地面は平坦だが、木の根がぼこぼこと突き出ているため、気をつけなければ転んでしまう。海側に進むとと、木々の葉っぱは潮風で枯れ落ちており、月の光がたっぷり射し込んでいた。それでもやはり薄暗く、夜目の利くデイガールと違って、俺は慎重に歩かざるを得なかった。
俺に歩調を合わせてくれながら、デイガールが話を始める。
「裏切り者の件だが、そっちはどうだった?」
「カレンの魔女魔術のおかげですんなりいった。聞き込み調査もやったけど、怪しいやつは一人もいなかった」
「そうか。私の部下もだ。確かな証拠はないが、客観的に見ても白だろう」
「悪いな。俺がちゃんと見張ってれば、あいつがどこから現れたのかわかったかもしれないのに」
「気にするな。むしろ記憶も知識も抜け落ちた状態で、よくやってくれたほうだろう」
でも、もし俺が本物のクニツ・ライナだったら、こんなミスはしなかった。居眠りなんてせずに、ちゃんと見張れていたはずだ。
「それに、容疑者は絞れている。お前も気づいているはずだ」
「……おう、もちろんだ」嘘である。
「あの状況で誰にも見つからず屋根に登れたのは、三階にいた人間だけだ」
三階にいた人間となると、カレン、プエル、ディエゴ、マスターか。ああ、リコとアリアもいたんだっけ? え? この中に犯人が?
「そもそも、カレン夫人が気づかなかったというのがすでに怪しい。マスターは、スター・イン・マイ・ハーツの黒魔術ではカレン夫人の目をかいくぐるのは不可能だと断言していた。アイネ先生にも確認をとったが、間違いないとのことだった。ここだけの話だが、先生の専門は黒魔術だ。見立ては確かだろう。同様に飛行や瞬間移動も不可能とくれば、答えは一つ。カレン夫人が嘘をついている」
俺は驚きの声をすんでのところでこらえ、いかにもわかっていましたよ、というふうに、
「そうなるよな」
と言っておいた。
しかし、そうなると全ての前提が覆る。カレン夫人の魔女魔術が証拠にならないのであれば……って、ああ、もしかして、プエルのやつがわざわざ全員に話を聞いたのは、初めからカレンを信用していなかったからなのか? やべえ、気づいちまったぜ。スター・イン・マイ・ハーツの正体は、カレン夫人の愛人に違いない。俺の頭脳も成長しているのでは?
あれ? でも聞き込み調査の結果も怪しい人物はいなかったな。より正確に言うなら、スター・イン・マイ・ハーツが現れてから、姿を確認できなかった人間はいない。誰かが誰かしらの姿を確認している。警備の配置そのものが、誰も一人きりにならないようにしてあったのだ。加えて、スター・イン・マイ・ハーツが逃亡してからすぐ、警備参加者が全員揃っているか確認が取られた。そのタイミングで確認が取れなかったのは、三階で待機していたカレンとプエルだけだ。
「つまり、分身の術か」
「そのあたりもアイネ先生に確認しておいたが、不可能だそうだ」
違うのかよ。超恥ずかしいんですけど。
「個人的に色々と調べてみたが、結局容疑者は一人だ。あの事件の最中、唯一目撃情報がなかったのは――」
潮風の吹き抜ける音と、それが落ち葉を攫ったがさがさという音で、デイガールが口にした名前にノイズが入る。それでも俺ははっきりと聞こえた。いや、それ以前に、ここまで説明してもらえば俺にだってわかる。なにせ俺は現場にいたのだ。あの事件の最中、スター・イン・マイ・ハーツが現れてから一度も姿を見せていない人間とは、つまり。
「プエルが、スター・イン・マイ・ハーツ?」
「信じたくなかったか?」
「いや、でも、理屈の上ではそうなるんだろうけど、でもやっぱ信じられねえよ。そもそも動機が謎だ。どうしてあいつが傘下の商人からお宝を盗んで、しかも父親の形見まで売り飛ばさなきゃいけねえんだ? しかもこんな方法で」
「それは私にもわからん。お前にならわかるかもと思ったんだが、そうか。人の考えを読むのがうまいお前でも、わからんか」
デイガールは残念そうに顔を伏せる。
ライナならわかったってのか? たった二日一緒にいたくらいで。
認めたくはないが、デイガールの様子を見るに、もし俺が本物のクニツ・ライナなら、見破れたのだろう。この事件の真相すべてを。
「悪いな、力不足で」
「責めてるわけじゃない」
デイガールは少し迷ってから言った。
「不謹慎なことを言っていいか?」
俺は無言でうなずく。
「少しな、嬉しいんだ。記憶喪失というのはつまり、経験の喪失で、しかも知識まで失ったときている。私には想像もつかないほどつらい呪いだ。でもそのおかげか、こうして並んで歩ける。お前はいつも私の先を歩いて、導いてくれた。復讐を誓ったあの日から、そしてそれを果たしてからも」
並んで歩ける。デイガールはそう言ったが、きっと違う。薄暗い森の中、俺は木の根につまずかないよう必死で、彼女はそんな俺の半歩前を歩いている。追いつこうとすれば、ほら。
「おっと危ない」
木の根につまづいた俺を、デイガールが支えてくれた。
「いつも支えられていた。今度は私が支える番だ」
情けねえなあ、ほんと。
「ありがとう、デイガール」
でも、情けねえけど、嬉しく思っちまう俺がいるんだ。
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