第20話
スター・イン・マイ・ハーツを取り逃がしてから三日後、ちょうど俺の療養期間が明けてからのことだ。ザイファルト家で会議が開かれた。場所はダイアモンドクラブで使われたあの塔。デイガールが発起人だったこともあり、日が沈むころに開始となった。
円卓を囲んでいるのは、プエル、ディエゴ、デイガール、ブルド、マスター、アイネ、俺とステフだ。集まった理由は、盗品を売りさばくルートについて、デイガールから報告があるらしかった。
「盗品はもう、国内にはない」
完結に結論から述べたデイガールに、マスターが眉をつり上げる。
「それは、見つからなかったということかな? それとも、国外に売りさばいた証拠を見つけたということかな?」
「見つけられなかったということだ。そして、うちが見つけられなかった以上、国外に出たとしか考えられまい」
「そうすると、あとのことはザイファルト家とライナ騎士団にお願いすることになりそうだね」
国外との貿易は、港を管理するトイバー家(ライナ騎士団)と、陸路での貿易を管理しているザイファルト家の管轄だ。
「僕も調べてはいるが、怪しい話は耳にしていない」
プエルが言うと、全員の視線が俺に集まる。
「あー、えっと、調べとくよ」
あとでカンちゃんに頼もう。盗品である以上、表立って取引はできないはずだ。密輸ということになるだろう。港で怪しい動きがなかったか、カンちゃんに調べてもらわなければ。
それにしても、見つからなかったのは残念だ。盗品には、ランランが作った刀剣が、スカイラインも含めて三つもある。取り返してやりたかったんだが、国外に売りさばかれたとなると、それも難しい。
「それと、いくつか確認したいことがある」
デイガールは次の話を切り出し、マスターに顔を向ける。
「先日、スター・イン・マイ・ハーツは突如として屋根の上に現れた。外の警備を担当していたうちの部下が間抜けだったと言われればそれまでだが、しかしおかしいとは思わんか? やつはいったいどうやって侵入した?」
「最初から警備に紛れ込んでいたんだろ」
プエルが言うと、デイガールは首を横に振る。
「カレン夫人の魔女魔術であれば見破れたはずだ。それとも買いかぶりすぎか?」
「……いや、警備の人員はあらかじめ登録済みだ。母上なら部外者が混じった時点で気づく。しかし絶対とは言い切れない。母上の魔女魔術を欺くほどの使い手だった、という可能性もあるにはある」
「私が気になるのはそこだ。私の感覚で言えば、やつはそこまでの使い手ではないように思っていた。とはいえ、ああやって現れたのも事実だ。是非マスターの意見を聞きたい」
デイガールが話を振ると、マスターは待っていたと言わんばかりに両手を開いて立ち上がった。
「それでは授業をしようではないか。まず、スター・イン・マイ・ハーツが扱う黒魔術についてだが、彼の纏っている悪名は『義賊』であると推測される。問題は、そのレベルがいかほどのものであるか、ということだね。さて、プエルくん、彼の犯行はこれで何回目かな? そしてそれぞれの警備レベルは?」
「犯行は全部で六回。一回目から予告状は送られていたが、被害に遭った商人はいたずらだと思ってなんの注意も払っていなかった。二回目も同様だ。三回目から噂が広がり、僕の所に騎士を派遣して欲しいと話が来た。派遣したのは新人を十人ほどと、隊長にベテランを一人だ。それでじゅうぶんだと思っていたが、見込みが甘かった。四回目は流石に本腰をいれて、アメリゴ騎士団から三人、ほかから三十人。元からいた警備をあわせれば、四十人弱だ。黒魔術を使い始めたのはこのあたりだと踏んでいる」
「流石はプエルくん。この私も、彼が黒魔術を使い始めたのは四回目からだと考えている。さて、わずか三回の犯行で黒魔術を会得したとなると、これは相当な才能の持ち主といえる。あるいは、元から熟練度が高かったのか」
「それで、結論は? やつはあのとき、ザイファルト家本邸の屋根に突如現れる、または、カレン婦人の魔女魔術や私たちの目をかいくぐり警備に紛れる、というレベルの黒魔術を使えたのか?」
しびれをきらしたデイガールが問いかけると、マスターは人差し指をぴんと立てて、真剣な表情で答えた。
「答えはノーだ。カレン婦人の魔女魔術は、そんじょそこらの模造品とは格が違う。なにせ、魔女魔術の元祖たるトイバー家で修行を積んでいるのだからね。当代のカンを除けば、間違いなくこの国で一番だろう」
「だったら外の警備が出し抜かれたとしか考えられないだろう」
プエルの言葉に、デイガールはばつが悪そうな顔をする。
「そういう可能性がある手前、言いづらいことではあるが、もうひとつ可能性があるだろう」
マスターはデイガールの言う可能性に思い至っているのか、爽やかな笑顔で頷いた。反対にプエルは、眉間にしわを寄せる。
「裏切り者がいると言いたいのか?」
「その可能性も考慮しておくべきだ。初めから登録済みであったのなら、カレン婦人の魔女魔術には引っかからない」
「それよりもこの私は、ライナ騎士団長がどうして屋根の上にいたのかが気になるかな。どうしてやつがあの場所に現れるとわかったんだい?」
話について行けず、とりあえず真剣な表情をしていた俺は内心慌てる。
「ただの勘だ。強いて言うなら、ああいうのは一番目立つ場所に現れると思った」
全員が無表情で俺を見る。呆れているのか、あっけにとられているのか、よくわからない。
「下の警備はライナ抜きでも万全だった。だからライナは万が一のときのために屋根の上にいたんだ」
フォローしてくれてありがとうデイガール。
「そんなことより、裏切り者がいると仮定して、私が一番怪しいと思っているのはザイファルト家だ」
はっきりと言われたプエルは、激昂するかに思われたが、思いのほか冷静な口調で、
「国外に盗品を流しているとなれば、そうなるだろうな。僕たちに見つかることなく盗品を売りさばいているんだったら、ライナ騎士団かザイファルト家の人間が怪しい。そしてあの場にいたライナ騎士団の人間はライナ騎士団長だけだ。そのライナ騎士団長も、スター・イン・マイ・ハーツと直接対峙している。となれば、容疑者はうちの人間に絞られる。しかし、それはあくまで盗品が本当に国外に流れていればの話だ。さらに付け加えるなら、外の警備を出し抜かれていなければ、ということになる。つまりデイガール。君になんの落ち度もなければということだ」
バチバチと、プエルとデイガールのあいだに火花が散っている。その火花を、マスターが両手をぱんと叩き、爽やかな笑顔でかき消した。
「さて、可能性は出そろったかな? であれば、話を次の段階に進めよう。つまり、これからどうするのか。いつだって大切なのは未来だ。君たち若人のようにね」
「決まってる。スター・イン・マイ・ハーツの正体を暴き出し、次の犯行までに捕まえる。あの警備を抜かれたんだ。やつはそれだけの実績を残したことになる。黒魔術の練度は大幅に上昇してるはずだ。僕は今回の警備に参加した人間を徹底的に調べ上げる」
プエルの言に、デイガールが頷く。
「身内を疑うのは気が進まないが、手は抜くまい」
「第三者の目が必要だろう。デイガール嬢とライナ騎士団長は仲が良いようだから、ドン家にはハインツ家から人を派遣することにしよう。ザイファルト家はライナ騎士団に頼んでも?」
「わかった」
嘘である。話の流れを理解できる俺ではない。しかしやることはなんとなくわかった。とにかく、ザイファルト家に裏切り者がいないか調べればいいんだな?
話はまとまったらしく、明日から調査が開始されるらしい。それまでに、ザイファルト家に派遣する団員を決めなければならない。まあ、それはもう決まっている。
俺が行くしかあるまい。なぜなら、一番暇なのは俺だ。
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