第15話
作戦会議用の大広間には、二十人くらいがぱらぱらと座っていた。てきとうに席に着くと、そのまま会議が始まった。プエルが簡単に今の状況を説明する。盗品を売りさばくルートは見つかっておらず、デイガールの調査結果を待っている状態だ。そのデイガールだが、まだ来ていない。この場に居て俺が知っているのは、プエル、マスター、ディエゴ、それくらいだ。
知らない人は、ほとんどが鎧を着た騎士だ。そのなかに一人、赤いドレスを着た少女がいる。目元がカレンに似ている。そういえば、プエルには十五歳になったばかりの妹が居ると言っていた。年の頃もちょうどそれくらいだし、あの子のことだろうか。カレンほどのオーラはないが、それでも思わず目を引かれる美少女だった。
彼女は俺の視線に気づいたのか、にっこりと微笑んでくる。あ、やばい、好きになりそう。
そんなことをしているあいだに会議が終わった。鎧を着込んだ騎士たちがバタバタと大広間を飛び出していく。マスターは部下らしき男二人に指示を出し、それを受けた二人も外に出て行った。プエルはディエゴと話し込んでいる。そんな中、赤いドレスを着た少女がひょっこりと俺の隣にやってきた。
「クニツ・ライナ様でしょ。一目で分かったわ。私はリコ。リコ・ザイファルト。なにができるってわけじゃないけど、後学のために見学に来たの」
「へえ、偉いな」
「でしょ? それに、憧れのライナ様に会えるなんて幸運だわ」
リコは人なつっこく笑い、両手で俺の手を握ってくる。あ、ダメだ。好きだわこの子。
「今日はスター・イン・マイ・ハーツを捕まえに来たのでしょう? 明朝だって聞いたわ。いつもは寝ている時間だけれど、私、頑張って起きてるから、ライナ様の活躍を楽しみにしてるわ。それじゃあライナ様、お仕事頑張ってね」
小さく手を振って、リコが立ち去る。かと思いきや、途中でちらりと振り返って、ふふっ、と笑ってまた小さく手を振った。
その仕草がたまらなく可愛くて、でれでれしながら手を振りかえしていると、
「おやおやライナ様、さっそくお嬢様と仲良くなられたようで」
おどろおどろしい声が聞こえ、肩に手を置かれる。振り返ればディエゴだった。口元は優しく笑っているが、目が笑っていない。隣でプエルが額に手を当てため息をついていた。
「勘違いしてはダメですぞ。お嬢様は誰に対してもああいう態度をとりますからなあ」
「ディエゴ、お前の言うとおりなら、そんな顔をする必要はないだろう」
「はて、わたくしめはいったいどんな顔を?」
「いいから邸内を見回ってこい。なにか妙なものがあったら報告しろ」
「仰せのままに」
ディエゴは深々と頭を下げ、マントを颯爽と翻してこの場を去っていった。
「すまない、あいつはリコのことになると人が変わる」
「愛してる証拠だろ。いい人だな」
「愛していることがどうしていい人の証になるのか、甚だ疑問なのは置いておこう。とりあえず、ライナ、半ば無理矢理連れてきた手前訊きづらいが、団員は呼ぶか? もし呼ぶんだったら、うちから遣いを出すが」
考えてなかった。えーっと、サンちゃんは絶対に来ないだろうし、ランランは仕事が立て込んでるって言ってたな。カンちゃんはトイバー邸に居てくれないと困るし、シャハトは任務中だ。ステフも教会に顔を出すと言っていた。呼ぶとしたらクラミーか。でもクラミーは、プレゼント渡すまで呼びづらいよなあ。
「みんな忙しくしているし、俺一人でじゅうぶんだ」
「流石は英雄様だな」
ちょっと皮肉っぽくとれるが、素直に受け取っておこう。
「やつが狙っている品のところまで案内しておく。ついてきてくれ」
プエルに連れられ、一階の大広間から移動する。妙に入り組んだ通路を歩き、階段を上ると、二階はシンプルな作りだった。廊下をまっすぐ進んだ突き当たりの扉をプエルが開ける。
「ここは?」
「父上の使っていた執務室だ。今は僕が使っている」
掃除の行き届いた綺麗な部屋だった。両サイドの壁には本が所狭しと並んでいる。部屋の一番奥に机があり、壁に美しい剣が飾られていた。
「スカイライン。ランラン・ムーン作の観賞用の剣だ。父上が発注した。完成したときには、すでにこの世を去っていたがな」
美しい剣だった。どういう原理なのか、金属製に見える刀身が先端へと向かうにつれ透明になっている。
「綺麗だな」
「振ればもっと美しい。剣先の軌跡が、光の帯として空間に残る。これで剣舞を踊ってもらう予定だったらしい」
「へえ、そりゃすごそうだ」
「邸内には母上の魔術が無数に仕込まれている。あらかじめ登録されていない人間が侵入すれば、一発で気づく。登録者の名簿はさっき会議で渡したとおりだ。侵入後の居場所も母上がリアルタイムで把握している」
「わかった」
「それじゃあ、デイガールが来るまで各々準備だ。会議でも言ったが、三階には上がるな。二階も廊下だけだ。部屋には入らないでくれ。一階は好きに使って良い。パーティー用の大広間にコックたちを呼んである。腹が減ったらそこに。仮眠を取りたければ好きな客室を使ってくれ。ああそれと、邸内は母上の監視下にある。妙なことをすればすぐにバレるからな」
「し、しないよ?」
すみません。リコちゃんを探そうとしてました。話も半分くらいしか理解できてません。
「それじゃあ、明朝までは好きにしてくれ」
執務室を出て、俺を一階まで案内してから、プエルは駆け足で去って行った。
「好きにしてくれって言ってもな……とりあえず、腹減ったし飯食うか」
パーティー用の大広間を探すも、通路が入り組んでいてどこか分からない。途中でザイファルト家に雇われている騎士たちがぞろぞろと、飯の話をしながら移動していたので、その後についていってようやく辿り着いた。
大広間は立食パーティーのような様子だった。テーブルの上に料理が並べられ、それを各々が皿にとって食べている。丸テーブルのあいだを縫うように移動しながら、料理を品定めしていると、リコがいた。マスターと話している。二人も俺に気づき、手を振ってきたので、ちょいとお邪魔する。
「ようマスター、昨日ぶり」
「ああ、昨日ぶりだね。まさかこうも早く再開するとは。次の犯行は早くとも三日後だと思っていたんだが」
「そうなのか?」
「これまでのペースだとそうなる。しかし、なにやら急いでいるらしい。もしくは黒魔術の練度が高まったせいか……。いずれにせよ厄介だね。明朝はデイガール嬢が力を使えないうえ、私のところもまだ魔術対策が整っていない。唯一の幸運は、騎士団長が二人も揃っていることか」
「俺以外に誰かいるのか?」
「アメリゴ騎士団長よ」
会話に入るタイミングを見計らっていたのか、リコが素早く答えた。
「ザイファルト家最強の騎士と、英雄であるライナ様がいれば、それだけで安心だわ。ついでにディエゴもいることだし。なにより、ふふっ、お母様のいる本邸に盗みに入ろうなんて、無謀もいいところだと思うわ、私」
「確かに、そこまで名前を出されると、スター・イン・マイ・ハーツが憐れにすら思えてくるね。はっはっは、彼の悪事もここまでだろう。さて、そうなると、やつを捕まえるのはいったい誰なのか、結末のほうを気にすべきかもしれない。ザイファルト家が意地を見せるか、それともクニツ・ライナの伝説がまた一つ増えるのか、どちらにせよ、いい話が書けそうだ」
「あらマスター、この事件を劇にするの?」
「是非したいね。もちろん、了解を得られればの話だけど」
「まあ素敵! 私も出られないかしら」
「おや、リコくんもやつを捕まえるのかい?」
「いいえ、私はヒロインよ。スター・イン・マイ・ハーツに攫われて、そこをライナ様が助けてくださるの!」
リコが興奮した様子で言って、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。思わず背筋がぴんと伸びる。
「あらごめんなさい、はしたなかったかしら」
「い、いいえ……ぜんぜん」
「ふふっ、だんだんライナ様のことが分かってきたわ。意外とかわいらしいかたなのね。さっきの様子、まるで驚いた猫みたい」
くすくす笑うリコのこともだんだん分かってきたぞお。さては、無邪気でかわいらしい子だなあ。ディエゴが過保護になるのも頷ける。
と噂をすれば、ディエゴがやってきた。
「お嬢様、ここに居ましたか。さあ、カレン様のところにお戻りください。部外者がこれほど入っているのです。ふらふらと出歩かれて、万が一のことがあれば」
「もうディエゴ、部外者だなんて失礼よ。これからみんなで賊を捕まえるんだから。それに、こんなにすごい人たちとお話できる機会なんて滅多にないんだもの。マスター・ハインツ様とクニツ・ライナ様よ。どちらもこの国を代表する殿方だわ」
そこまで言われると、偽物である俺は目を泳がせてしまうのだが、マスターは流石といったところか、うんうんと頷いている。
「しかしお嬢様」
「しかしもなにもありません。そうだ、ライナ様のそばにいれば安全だわ。ライナ様、夜明けまで一緒にいてもいいかしら?」
「そ、そそそそそそそそれはなんという、いけませんお嬢様。すぐにカレン様のところに」
「ピンポンパンポーン、なんて、ごめんなさいね、こんなに大勢の前で放送なんて初めてだから。ふふっ、はしゃいでるみたいで恥ずかしいわ」という声が、突如天井から響き渡り、ディエゴの声を遮る。「皆様ごきげんよう。このたびは、亡き夫の忘れ形見を守るため、この場に集まっていただき感謝します。料理は食べたかしら? 一流のシェフを呼んであるから、是非堪能してちょうだいね。それとディエゴ、リコには好きにさせなさいと再三言ったわよね? 早く自分の仕事を終わらせなさい。それでは皆様、明朝まで英気を養ってくださいな」
放送が終わる。かに思えたのだが、
「忘れてたわ。マスター・ハインツ……当主殿? 学長? 白魔導師様? それともあなたのファンみたく、ハインツ様かしら。ふふっ、肩書きが多くて、なんと呼べばいいのか迷ってしまうわね。そうね、ここは学長かしら。そう呼びたいわ、私。理由は、来てくれたらお話しすることにしましょう。そうなのよ、ちょっと私の部屋まで来て欲しいの。プエルもリコも忙しそうでしょう? 部屋に一人じゃ退屈で。是非この国の賢者であらせられるあなたのお話を聞きたいわ。劇役者のあなたも良いけれど、学長のあなたが一番好きなの。ってあら、言っちゃった、呼びたい理由。ふふっ、緊張してるみたいで恥ずかしいわ」
放送が終わり、しーんと大広間が静まりかえる。周囲の視線が集まるも、マスターは慣れた様子で笑顔を振りまく。
「すまない皆の衆、屋敷の主のご要望とあらば、応えるのが筋。少しばかり席を外させてもらおう。さて麗しき妹よ、あとのことはよろしく……ああ、今日は居ないのか、であれば建前は取り消そう! 美女の誘いに乗らぬこの私ではない! あとのことは頼むぞ皆の衆!」
足音を高らかに、マスターは颯爽と大広間を出て行った。
なんというか、清々しい人である。
「ほらディエゴ、お母様もああ言っていることだし、仕事に戻りなさい」
頭を抱えているディエゴに、リコは勝ち誇った笑顔でそう言う。
「あの母にしてこの娘あり、というわけですかなあ……」
がっくりと肩を落とし、頼りない足取りでディエゴは立ち去った。
「良かったのか?」
「なあに? 私と一緒は嫌?」
「いや! ぜんぜん!」
そのように上目遣いに尋ねられて嫌だと言える男がいるだろうかいやいない。反語早口。
「良かった。ふふっ、嬉しいわ。さっそく邸内を案内させて。ここは初めてでしょう? ああ、それとも、ライナ様もやることがあるのかしら」
「いや、案内してくれると助かる。一階の通路って迷路みたいで迷っちゃうし、警備の様子も見て回りたかったから」
「みんなのことを見て回るなんて、やっぱり上に立つお方なのね。素敵だわ。ささ、行きましょう」
でへへ、上に立つお方なんて、そんな……なにをすればいいのか分からないから、とりあえず警備ってどんな感じなのか参考に見ておきたかっただけなんだぜ。
リコに手を引っ張られ、俺はパーティー用の大広間をあとにする。
「一階はお客様用のフロアなの。二階はお仕事用。三階は私たちの私室なんかがあるわ」
「三階には行くなって言われたけど、警備は誰がするんだ?」
「ディエゴとお兄様よ。それに、お母様の魔術がうんと仕込まれてるの。昔ね、お父様の愛人がそれで死にかけたらしくて、だからとっても安全」
それは危険なのではなかろうか。そういえばマスターは今頃三階に行ってるだろうが、死にかけてないといいな。
「それ以来、愛人は一階に呼ぶことにしたそうなの。一階のほとんどが寝泊まりできる部屋なのは、きっとそういうわけね」
ほら、とリコは部屋の扉を一つ開けて見せる。埃一つ無い部屋に、綺麗なシーツをかぶせられたキングサイズのベッド。部屋の奥がカーテンで仕切られているが、その先にはなにがあるのだろうか?
リコが中に入り、手招きするので俺も入ってみた。するとリコは扉を閉める。そのまま入り口を塞ぐように扉に背を預けて、ふふっ、と笑った。
「殿方とここに入るのは初めてなの。ふふっ、ドキドキしちゃうわ」
一瞬、心臓が止まったかと思ったら、猛烈に波打ち始める。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、ダメだ。抑えろ俺。相手は十五歳。元の世界ではもちろん、この世界でもギリギリ犯罪だ。そもそもそういう問題じゃない。
「あ、あのカーテンは?」必死に話をそらす。
ふふっ、リコはまたもや笑い、カーテンのところまで行って、ゆっくりと開く。カーテンの向こうには浴室があった。
「お使いになるかしら?」
ぶんぶんと首を横に振る。
「あら、残念」
リコが浴室から戻ってくる。
ふう、今回は辛くも理性の勝利といったところか。
「もう次の場所へ行かれるの? それとも、少し休んでいかれるかしら?」
リコが俺の手を握る。指が蛇のように絡みつき、第二ラウンドが始まった。
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