第14話
昼過ぎにトイバー邸へと帰り着き、さっそくクラミーに誕生日プレゼントを渡そうと思ったのだが、門をくぐった瞬間カンちゃんが現れ、こう言った。
「お帰りなさいませライナ様。プエル・ザイファルト様がお見えです。急ぎの要件ということで、食堂のほうでお待ちいただいています」
「プエルが?」
ちくしょう、プレゼントどうしよう。
「そちらはクラミー様への贈り物ですか?」
「ああ。今から渡そうと思ってたんだけど。ただでさえ一日遅れてるし」
「クラミー様は天才ですから。理解してもらえるかと」
「まあ、そうだよな」
「それでは、贈り物は私が保管しておきます」
カンちゃんと共に、俺が抱えていたプレゼントも姿を消す。俺はため息をつきながら、食堂へと向かった。
扉を開くと、テーブルを指でこつこつと叩きながらプエルが待っていた。金髪碧眼の美少年フェイスを機嫌悪そうにしかめている。
「悪い、待たせたな」
声をかけると、プエルは指の動きを止める。
「こちらこそ、いきなり押しかけてすまない。火急の用事だったもので」
「それで、用事って?」
「スター・イン・マイ・ハーツから予告状が届いた」
「ああ、街で噂になってたな」
「のんきなやつだな。明日の明朝だぞ。急いで警備の準備に取りかかる。今すぐザイファルト家の本邸に来てくれ。魔動車の準備もしてある」
「今すぐじゃなきゃダメか? ちょっと用事があるんだが」
「なんの用事だ?」
「仲間が十五歳の誕生日で、いや、日付自体は昨日なんだけど、とにかくプレゼント買ってきたから渡したいんだ。あ、そうそう、メイクボックスにしたんだけど、どう思う?」
「本気でのんきなやつだな!? そんなの後回しにしろ! こっちは時間が惜しいんだよ!」
なんだこいつ、いきなりキレやがって。俺にとって一番大切なのはヒロインの幸せだ。それを「そんなの」とはなんだこの野郎。ああいいさ、そこまで言うんなら今すぐザイファルト家の本邸とやらに行ってやるよ。そうだよね。普通に考えれば黒魔術使う犯罪者捕まえる方が重要だよね。ごめんなさい。
怒るプエルに引きずられ、俺は外に連れ出された。
敷地のすぐ外に魔動車は待機しており、そばには怪しい男が立っていた。白髪交じりの長い黒髪を後ろで一つに束ねている。顔には深いしわが刻まれていて、どこかただ者でない雰囲気。怪しいと称したのは、黒いアイマスクをしているからだ。アイマスクと言っても目は塞がれておらず、目の部分がくりぬかれたマスクだ。なんか既視感があると思ったら、映画で怪傑ゾロがつけていたあのマスクじゃないか。はっ! これはつまり!
「見つけたぞスター・イン・マイ・ハーツ」
「魔動車にくくりつけて引きずってやろうか?」
軽い冗談のつもりだったのに、プエルがぎろりと睨みつけてきた。アイマスクの人は愉快そうに笑ってくれている。
「僕の側近、ディエゴ・ベガだ」
「お初にお目にかかります」
ディエゴは恭しく一礼し、白い手袋をつけた手を差し出してくる。
「クニツ・ライナだ。よろしく」
「はっはっは。わざわざ名乗らずとも、この国であなたを知らぬ者はおりますまい。いやあ、もっと早くお会いしたかったものですなあ。なにぶんわたくし、そちらに所属しておられるランラン様の大ファンでして」
「ディエゴ、無駄話は乗ってからにしろ」
「おっと、これは失礼。それではお坊ちゃま、お手を」
「一人で乗れる。子ども扱いするんじゃない」
ふんっ、と鼻息荒く魔動車に乗り込むプエルを見て、ディエゴは大げさに肩をすくめる。そして冗談めかして尋ねてきた。
「ライナ様はお手を借りられますかな?」
「一人で乗れる! 子ども扱いするんじゃない!」
プエルの真似をして魔動車に乗り込もうとすると、入り口に足をかけた瞬間、中にいたプエルから蹴り落とされてしまった。
ディエゴが笑いながら受け止めてくれ、そのまま抱きかかえられるように車内へと乗り込む。
「いやあ、噂とは違い、実にユーモラスなかたですなあ」
魔動車が動き出すと、ディエゴは楽しそうに会話を始めた。しかめっ面で窓の外を眺めているプエルをまったく気にしていない。
紳士的でいい人だなあ。俺のボケにも笑ってくれるし。ああ、こういうお父さんが欲しかった。年齢的にはおじいちゃんかもしれないけど。さっき抱き留められたとき猛烈な父性を感じた。母親といいこの人といい、ザイファルト家は賑やかそうだ。
「ところで、さっきランランの大ファンだって言ってたけど、腰にさしてるのもランランが作ったやつなのか?」
「もちろん! これはわたくしめが全財産をはたいて買った、ライドシリーズが一つ。その名もブラックスパイ。黒く細身の刀身は闇に溶け、お坊ちゃまを狙う不届き者を、ひっそりと始末いたします」
か、かっけえ。黒く、ひたすらに黒く、まるでそこだけ塗りつぶしたかのように、光を一切反射していない。
「ちょ、ちょっと触ってもいいか?」
「ええ、いいですとも。その代わりと言ってはなんですが、エルフェンランドを触らせていただいてもよろしいですかな?」
両手をわきわきと動かし、まるで変態のような手つきでエルフェンランドに触ろうとするディエゴから急いで逃れる。
「悪い! ランランから他人には絶対に触らせるなって言われてんだ」
ディエゴは目に見えて落ち込んだ。
「そうですか。それは、致し方ない……」
アンフェアなので、俺もブラックスパイは触らないでいた。
ディエゴが落ち込み、魔動車の中が静かになったところで、しかめっ面で窓の外を見ていたプエルが唐突に口を開いた。
「さきほどはすまなかった」
「ん? 蹴ったことか?」
「違う。食堂での失言を謝罪する」
「失言?」
「君の大切な用事を、そんなことと言ってしまった。僕にも妹が居る。最近十五歳の誕生日を迎えたから、その日が女性にとってどれだけ大切か、理解しているつもりだ」
ほう。やっぱり、薄々察してはいたが、この世界の女の子にとって十五歳の誕生日はなにか特別な意味があるのか。謝ってもらっているところ申し訳ないが、俺は全く理解していない。
「君がメイクボックスをプレゼントするということは、その子は両親が居ないんだろう。僕も父上を失った。気持ちは察する。だがこちらも重要な案件だ。やつが黒魔術を使っている以上、のんきにはしていられない。わかってくれ」
「あ、ああ。もちろんだ。俺のほうこそ、悪かった」
くそっ、十五歳の誕生日にいったいどういう意味があるんだ。それが気になってプエルの謝罪なんてぶっちゃけどうでもいい。訊いていいのか? でも常識っぽいしな。なんとか情報を引き出せないものか。
「それで、メイクボックスを贈ることについてどう思うかという質問だが、僕は贈るべきだと思う」
そんなこと訊いたっけ? ああ、訊いたか。え? もしかしてずっと考えててくれたの? デイガールにクソ真面目とか言われてたけど、まさにその通りじゃん。
「通例であればもちろん家族が贈るべきだ。しかし、君が用意しているということは、母親は居ないんだろう?
そして父親も。そういう家庭がどのようにしているか、恥ずかしながら僕は知らない。それでも、君から贈ってもらえるのなら喜んでくれる、と僕は思う」
「そうか、ありがとな。真剣に考えてくれて」
「別に、君のためじゃない。その子のためだ」
ツンデレか? 男にされても嬉しくないが。
「ああ、そうだ」とプエルが思い出したように言う。「ダイアモンドクラブで君の付き人を務めていた、ステフ大司教なんだが、彼女は素晴らしい女性だな」
「やらんぞ」別に俺のものでもないが。
「引き抜こうなんてつもりじゃない。ただ、噂を聞いた。十五歳の誕生日で思い出したんだ」
「なにを?」
「彼女は毎年、孤児院にいる十五歳の女の子にメイクボックスと化粧品一式を贈っているそうじゃないか。今の孤児院は戦災孤児でどこも満員だ。僕もできるだけ支援しているが、やり方の美しさは見習うべきだと感じたよ。それに聞けば彼女にも母親がいないそうだな。きっとそれがつらかったから、同じ思いをして欲しくないと思ったに違いない」
「泣ける話ですなあ」ディエゴが長い顎髭をなで下ろしながら、しみじみと言う。
ステフのやつ、高給取りなのに金がなかったのはそういうわけか。
「聞けばクラミー・ヴォルフガングもルーン魔術を教えて回っているそうじゃないか。確か彼女の両親は、戦争に巻き込まれて亡くなったそうだな。つくづく、君の部下たちは優秀で善良だな。うちのやつらも見習って欲しいものだ」
プエルは疲れた様子でため息をつく。
ザイファルト家って黒い噂が絶えないもんね。プエルが新当主になって、変わっていくことを願うばかりだ。頑張れプエル。影ながら応援してるぞ。ってまあ、そんなこと言える立場じゃないんだけどさ。
「ほんと、俺にはもったいない仲間だよ」
みんなが褒められるのは素直に嬉しい。ただ一人、チート装備で体を覆って中身スカスカの俺が惨めだとしても。
「はっはっは、ライナ様、まったくご謙遜を。それもまた人徳というものでしょう」
ああ。まったくだ。あんなメンバーを集めたクニツ・ライナの人徳は、そうとうなものだろう。
「言っているあいだに、うちの敷地に入ったようだ。あと三十分ほどで本邸に到着する」
敷地に入ってから三十分かかるって、どんだけ広いんだよ。
「って、ん? なんだ、あの馬鹿でかい剣は」
野球場が四つは入りそうなグラウンドの中心に、馬車の背丈を優に超える巨大な剣が突き刺さっている。
「あれはこのアメリゴ訓練場を建設する際、モニュメントとして作られた大剣ですなあ。ランラン様の作品で最も巨大な剣でしょう。全長は十メートル、三分の一ほどが地面に突き刺さっております。それにしても、はあ、あの幼き体から、あれほど巨大なものが生み出されたとは……何度見ても興奮しますなあ」
ディエゴが興奮を抑えきれない様子で説明してくれる。よほどランランが好きらしい。ランランの見た目が幼女なこともあり、なんだか気持ち悪いおっさんに見えてきた。申し訳ないがランランには近づけないようにしよう。
と、ここで魔動車が止まる。降りると、トイバー邸の二倍はある巨大な屋敷が目に入った。
「でけー」
「でかいだけだ。増築を重ねたせいで見栄えが悪い。父上にはそういう感性が足りていなかった」
ふと気になる。こいつは自分の父親をどう思っていたのだろう。世間的には悪徳貴族のように思われていたし、話を聞く限りじゃ俺もその通りだと思っている。けれど、息子であるこいつは父親のことをどう捉えているのだろうか。真面目そうなやつだし、もしかすると嫌っていたのかもしれない。そうでないのかもしれない。考えたって分かるはずもないのだが、つい考えてしまう。
「なにをしている、早く行くぞ。マスターが待っている」
「あ、ああ」
見栄えが悪い。そうプエルが言ったように、どこかちぐはぐな雰囲気のあるザイファルト家本邸へと、俺は足を踏み入れた。
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