第4話
書斎に入ると、季節は春だというのに、暖炉の火がちろちろと燃えていた。近づいても熱は感じられない。魔術的なインテリアなのだろう。
暖炉と扉以外、壁は全て本棚になっていて、背丈のバラバラな本がぎっしり詰まっている。子ども向けの絵本から魔術の専門書まで、ジャンルは様々だ。貴族に送られる衣類や家具の高級ブランドカタログ、若者向けのファッション雑誌もある。
中央にあるソファセットに腰を下ろすと、さっそくカンちゃんが現れた。まるで初めからそこに居たと言わんばかりに、正面のソファに行儀良く座っている。
「過去の新聞から、ザイファルト家に関係する記事を集めておきました」
台詞と同時に、なにも無かったテーブルの上に、丁寧にまとめられた新聞の切り抜きが現れる。まばたきする間にティーセットも用意され、カンちゃんは自分のぶんの紅茶を行儀良く口に運ぶ。
「ありがとう。助かるよ」
「いえ、トイバー家の代理としてどこに出しても恥ずかしくないようにすることが、私の務めですので」
うおう、すっげえプレッシャー。
まずはザイファルト家の基本情報が書かれている資料に目を通す。アンドレアス・ザイファルトという男が一代で興した新興貴族で、爵位を目前にしていた矢先、戦争で大勢の騎士を失った。そのせいで爵位は先延ばしとなり、さらに不運なことに、戦後の復興期にアンドレアスが死亡。それからは妻のカレン・ザイファルトが当主の代理を務めている。そして今回、息子であるプエル・ザイファルトが正式に当主の座を継ぐことになった。主な生業は金融業と隊商の護衛。現在、クッスレア本国で最も多くの騎士を抱えている大貴族である。
と、ここまで読みこんだところで、ちらりと正面のカンちゃんを盗み見る。いつもならすぐに立ち去る彼女が、どういうわけか居座っている。
「……あの、なんか用?」
「一つ、忠告があります」
なんだか物々しい言い方だ。
「カレン・ザイファルトには気をつけてください」
「それって、アンドレアスの妻の?」
「はい。あれはとんでもない男好きなので」
「知り合いなのか?」
「先代のカンです。不名誉ながら、私の師匠にあたります」
淡々とした口調だったが、あからさまにカレンを嫌っているのがわかる。
「それと、用意した記事のほとんどはザイファルト家を悪く言っているものですが、私がそういった記事を選んで集めたわけではなく、世間一般の認識としてそうであることも、付け加えておきます」
てきとうに目に入った切り抜きを見てみると、ザイファルト家の闇、という大きな見出しが目についた。読んでみると、ザイファルト家本邸に呼ばれたアンドレアスの愛人が、翌日、死にかけの状態で教会に運ばれたと書かれている。アンドレアスはそれについて、カレン婦人が仕掛けていた侵入者撃退用の魔女魔術が誤発動したせいであり、不幸な事故だった、と述べている。死にかけた愛人は記憶が混濁し、本邸に足を踏み入れてからのことは一切覚えていなかったそうだ。真相は定かでないが、記事はアンドレアスにやましいことがあったかのように書かれている。
「恐ろしい話だな。でも証拠はないんだろ?」
「はい。その事件についても、そのほか、アンドレアス・ザイファルトについて流れている悪い噂も、すべて証拠はありません。しかし、アンドレアスが絵に描いたような悪徳貴族であったことは確かでしょう」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「この話は私とライナ様、それからドン家の一部しか知らない事実なのですが、アンドレアス・ザイファルトは戦時中の混乱に乗じて、ドン家の先代当主、ドン・ヴァルロスを暗殺しています」
「暗殺? いや、え? アンドレアスが殺されたんじゃなくって?」
謎の死を遂げたのはアンドレアスじゃなかったか? ああ、いや、それとはまた別の話なのか。
「アンドレアス前当主が殺されたのは、そのあとです。復讐として、ドン・ヴァルロスの一人娘に殺されました。その一人娘というのが、現在ドン家の当主を務めているデイガール様です」
ドン・デイガール――ここクッスレアの治安維持を担うドン家の現当主で、ライナのハーレムヒロインの一人だ。昼間は焦げ茶の髪に茶色の瞳をしていて、本人の言うとおり純朴な町娘そのものなのだが、夜になると姿が豹変する。焦げ茶は神々しいブロンドに、茶色だった瞳は赤く光る。さらに犬歯が牙のように伸び、その姿は吸血鬼を彷彿とさせるが、それを口にすると、あんな魔物と一緒にするな、と激怒される。
「この事実を知るドン家の一部は、いまだにザイファルト家を憎んでいるでしょうが、デイガール様がどう考えているのかは、私にはわかりません」
「アンドレアスの息子の、プエルっていうやつは事件に関わってるのか?」
「いえ、それはないかと。しかし、当主になった今、アンドレアスの死の真相を知っていてもおかしくありません。ですから、くれぐれも発言は慎重にと、お伝えしておかなければと思いまして」
カンちゃんは間を取るように紅茶を口に運び、あくまでも淡々とした口調で、こう言った。
「なにせ、ライナ様はデイガール様の復讐を手伝った、いわば共犯者なのですから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます