第2話
自室で朝食を口に運びながら、ザイファルト家についての資料を読みあさっていると、ステフが部屋を訪ねてきた。
彼女は俺より二つ年上の十九歳で、クニツ・ライナが築き上げたハーレムの一員だ。いつ見ても着ている黒い修道服は、胸元が大きく膨らみ、それが足首までまっすぐ垂れ下がっているものだから、一見すると太っているように見える。しかし、実際に太っているのかはわからない。やけにがっしりとした肩幅を見れば太っているようにも思えるし、一方で、顔は少しもぽっちゃりしていないものだから、判断がつかないのだ。
「その後、お加減はいかがですか?」
ステフは、金属製の杖を、大きな胸で挟むように抱き、俺の顔色をうかがってくる。
俺は朝食のサンドイッチを勢いよく飲み込み、努めて明るく「元気元気」と言う。
ステフはほっと胸をなで下ろしたが、それもつかの間で、すまなそうに頭を下げてくる。
「申し訳ありません。私の力不足で」
「ステフのせいじゃねえよ。それに体は元気なんだし。いつか記憶も戻るって」
「だとよいのですが」
ステフの顔は晴れない。記憶喪失だと嘘をついているのが、途端に申し訳なくなる。
「こういった呪いは前例がなく、申し訳ありません」
この世界には病気という概念がなく、全て『呪い』という言葉に置き換えられている。たとえば風邪なんかは『風の呪い』と呼ばれ、風に運ばれてきた誰かの悪い思念が弱った人間に呪いをかける、と考えられている。それを神聖魔術で治してくれるのがエイリス教の聖職者たちだ。要するに医者みたいなものだろう、と俺なりに理解している。
ステフはエイリス教会に所属する大司教だ。大司教がどれくらい凄いのか俺にはよくわからないが、骨折程度ならものの数秒で治してくれたし、めちゃくちゃ凄いんだと思う。俺の記憶喪失を治すため、教会の資料庫に通い、知り合いのエイリス教徒にも片っ端からあたったらしいが、そもそも記憶喪失ではないのだから、当然治すことはできなかった。無駄な労力を割かせてしまい、本当に申し訳ない。今もこうして様子を見に来てくれるので、そのたびにやはり申し訳ない気持ちになる。
「ザイファルト家の資料ですか」
机に散らばった紙束を見、ステフが話題を変えた。
「ああ。今度、ダイアモンドクラブが開催されるらしくて、俺、なんも知らないからさ、勉強しとかなきゃ」
「それでしたら、私がご説明いたしましょうか? 実は、私が師事していた大司教がザイファルト家で専属の契約を結んでいまして。よく話を聞いていたのです」
「え? マジで? めっちゃ助かる」
正直、資料に目を通すのは飽きてきたところだ。知らない単語もあって読みづらいし。
「それでは食後のティータイムがてら、サンルームでお話いたしましょう」
「わかった。ちょっと待っててくれ。急いで食い終わるから」
「いえ、ごゆっくりどうぞ。私も準備して参りますので」
ステフは穏やかに微笑み、頭を下げてくる。物腰が柔らかく、丁寧で、見ているだけで心が癒やされる。そのうえ傷も呪いも癒してくれる。まさに清廉な修道女。こんな女の子に恋してもらえるなんて、ライナの野郎が羨ましくてしょうが無い。そう思っていると……。
「っしゃあ!」
廊下のほうから、気合いの入ったステフの声が聞こえてきた。
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