四代目異世界ハーレム主人公クニツ・ライナ

@sato-613

ダイアモンドクラブ編

第1話

 この世界では、星も月も動かない。


 俺がそのことを知ったのは、ついこのあいだのことだ。


 クッスレア王国の歴史書に、こう書かれていたのである。


 今から二千年以上前のことだ。魔王は世界を闇で満たすため、空のてっぺんにいた太陽を西の海に沈めた。人々が祈ると、太陽は半日をかけて復活し、東の海から再び現れた。太陽は自分のもといた場所――空のてっぺん――をめざし昇ってゆく。しかし、魔王の魔法はあまりにも強力で、ずっと浮かんでいることはできなかった。太陽は空を昇りきるころには力尽き、ゆっくりと西の海に沈むようになってしまった。そしてまた半日かけて東の海から復活するのである。


 こうして世界に夜が生まれた。初めの頃の夜は、星も月もなく、正真正銘の暗闇だったという。魔王は闇に乗じて魔物を送り込み、たくさんの国を滅ぼしていった。夜襲どころか、夜すら経験したことのなかった人類は、慌てふためきなんの抵抗もできず殺されていったのだ。


 そんな中、クッスレア王国にいた一人の男が立ち上がる。のちに勇者と呼ばれるその男は、グリフォンの背に跨がって夜空を駆け、魔王と戦った。彼が聖剣から放つ光は、魔王を撤退に追い込み、戦功を示すかのように夜空へ小さな光を灯した。


 太陽が昇ってくると魔王は姿を消し、沈むとまた現れ、クッスレア王国の姫を攫おうとした。勇者は太陽が昇っているあいだに傷を癒やし、夜になると魔王と戦った。しかしそのあいだにも魔物は増え続け、大陸中を襲い、やがてクッスレア王国以外、すべての国が滅んでしまった。人類は滅亡の危機に瀕し、魔王は全ての魔物を引き連れて、クッスレア王国に攻め入ってくる。


 これが最後の戦いだと察した勇者は、聖剣に自らの命と名前を捧げ、強大な一撃を放った。聖剣から放たれた極大の光は、魔王を滅ぼし、夜空に特大の明かりを灯したのである。


 つまるところ、勇者が聖剣から放った光が星であり、魔王を滅ぼした特大の光というのが月であるらしい。だから月と星は動かないし、月はいつだって満月だ。


 そんな夜空を、俺はトイバー邸二階のテラスからじっと見上げる。均等に塗られた黒に向かって、白い絵の具を撒き散らしたように、星々が散っている。じっと目をこらすと、遙か遠くに薄い膜のようなものが見える。それはときおり揺らめき、今見ている夜空が、水面に映っている夜空であるかのような錯覚を俺に抱かせる。薄い膜に焦点を合わせたまま視線を下ろしていけば、やがてクッスレア王国を円形に取り囲む城壁にぶつかり、膜は消える。


 膜は、魔物がこの国に入らないよう、クッスレア王家が生み出した結界なのだそうだ。世界にたった一カ所しかない、魔物が入ってこられない安全地帯。始まりの国――クッスレア。


 そんな国、そんな世界に、俺はやってきた。右も左もわからない異世界だったが、物思いにふけりながら夜空を見上げることができるくらいには、ようやく落ち着いてきた。


「ライナ様」


 自分の名前ではないのに、当然のように振り返ってしまい、少し笑いそうになる。ライナと呼ばれることに、もうすっかり慣れてしまったらしい。


 テラスから室内に戻る。メイド服を着た高校生くらいの女の子が置物のように立っている。


「なんかあった?」


 声をかけると、女の子は整った顔をまっすぐ俺に向けたまま、淡泊な声を出した。


「いえ、ずいぶん長くテラスに出ていたので」

「今日は星が綺麗だったから、つい」

「でしたら、なにかお飲み物でも。小腹が空いているようでしたら、軽い食事も用意しますが」

「いや、もう寝るよ。ありがとな」

「おやすみなさいませ」


 今日からちょうど一週間後、ダイアモンドクラブという会合が開かれる。クッスレアを代表する貴族が集まり、今後のクッスレアについて語り合う場らしい。今回はザイファルト家新当主の顔合わせが目的なので、そこまで真面目な話し合いはないだろうが、その肝心のザイファルト家について、恥ずかしながら俺はなにも知らない。なにせ俺がこの世界にやってきてから二週間しか経っていないのだ。


 そんな俺が、あろうことか英雄として参加する。誕生日パーティーすら参加したことのない俺が。元の世界では一度しか家から出たことのない俺が。親に殴られるか、漫画や小説を読むことしかしたことのない、十七年生きてきてなんの積み重ねもない、薄っぺらい人間が。何の才能も無い凡人が。


 英雄クニツ・ライナとしての初仕事。考えるだけで胃に穴が空きそうだ。

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