第五章:思い出の旨みと青い空⑦
あれから数週間、割とオーバーワークだ。
リコールで協力してもらった人に対して適当な対応は出来ないことや、文化祭までそれなりに近くやたらと盛り上がっていることなどが理由だ。
まぁ、何にせよ、リコールを扇動した自分の責任であり、それを果たすのは当然のことだ。
けれども、時間は欲しかった。
最近、九重キイロと会っていない。
いつもの部屋には時々いくが、顔料の匂いだけ残して本人の姿はなかった。
頻繁に来ているようだが、運が悪いのか、それとも……。
休み時間に教室に行けば確実に会えるが、別に用があるというわけでもないのに向かうのは気が引ける。
二年三年は普段の……それこそ、城戸に引き摺られている俺をよく目撃しているので、アホの一人だけど友達が多いやつぐらいの認識だろうが、一年生からすると実態から離れてカリスマがあるすごい生徒会長ぐらいに思われてしまっている。
そのせいでやたらと一年生には憧れの目を向けられていて……教室までいくとやたらと目立つし、キイロに迷惑をかけてしまいそうだ。
反対にシロハは、中学生のころ俺と仲良くしていたことが原因でイジメに近いような陰口やハブりを受けていたらしく……。
もう生徒会での関わりは隠しようもないので、見張りも兼ねて教室まで迎えに行くことが増えた。
まぁ……それが正解かは分からないけど。
シロハが他の友達といるところは見ないが、俺と一緒にいるから嫌われているのか、それともただ単に昔と一緒で友達がいないだけなのかは分からない。
毎日なのに、よくこんなに騒ぐな……と思いながらシロハの教室にきて中を覗くと、人形のような少女が膝の上にカバンを抱えてちょこりと座っていた。
普段と違うのは……他の女の子達からめちゃくちゃ囲まれていた。
「せ、せんぱい……」
涙目で俺に助けを求め、何事かと思って近寄ると俺を見た女の子達が「きゃーきゃー」と騒ぎ始める。
「えっ、なに、こわ……」
「す、すみません。中学生のときに先輩から告白されたことを話したら、こんなことに……」
「なんで!? なんでこうなることが目に見えているのにそんな話を!?」
シロハは縮こまりながら俺を連れて廊下に行き、後悔するように言葉を振り絞る。
「っ……! 文化祭で……! 文化祭の準備で、クラスの輪に入れずに失った自尊心を……! 取り戻すチャンスだったんです……!」
「しょ、しょうもない……!」
「先輩には分かりっこないですよ……。クラスの全員から苗字にさん付けで呼ばれている僕の気持ちは……っ!」
「それはともかくとして、昔、告白してフラれた相手を生徒会に勧誘したって思われるのめちゃくちゃアレなんだけど……」
普通に、俺としては他の人には言わないでおいてほしい情報だった。
「平気です。フッたとは言わずに、先輩を追ってこの学校に来たことなどを話したので」
「それはそれで、付き合ってる女の子を補佐として抜擢したみたいな感じでちょっとあれな誤解を生んでそう……」
「確かに先輩の評判は下がるかもしれませんが、でも、代わりに僕の自尊心は回復するのです」
「ドレイン系の攻撃やめろ」
いや、まぁ……そもそもの話として、前提として俺の卒業式の日の告白はそれなりに最悪なものだったが……。
良かれと思って、俺の卒業で繋がりがなくなってしまうともうシロハの面倒を見てやれないと思って、シロハからの好意を知っていてそれをした。
善意ではあったが……見抜かれたし、傷つけた。
それなり以上の負い目から、あまり怒る気にもなれず、周りにいた女の子にも訂正したりはせずに連れていく。
「文化祭の準備に関しては俺が毎日引っ張り出してるのを目撃されてるし、クラスでもそこは悪く思われてはないんじゃないか?」
「単純に……馴染めてないので居心地が悪いです」
「クラスは違うけど、キイロとは仲良くしてないのか?」
「九重さんは、少し変わっているので何を話せばいいのかも分からないです」
「そうか」
相変わらず友達はいないんだな。
まぁ……シロハはどうにもなぁ……臆病で、傷つきやすく、それでいてプライドが高く、攻撃的だ。
「生徒会の書記の子は? 生徒会の繋がりもあるし、同じクラスだろ?」
「……すごく、嫌われてます」
「ええ……なんで……? 悪い子じゃないだろ?」
「中学生のときに先輩に告白されたと自慢したら嫌われました」
「悪い子だったな、シロハが」
思ったよりも誤解が広まってそうだけど、訂正してまわるとシロハが傷つきそうだしな……。
はぁ、まぁいいか。
「それで今日は何するんだっけ?」
「文化祭のときの校内放送について、放送部とパソコン部に協力依頼……というか、調整です」
「あー、場所ごとに音量とかの調整をして、外でするライブの邪魔にならないようにしたいって話か」
「はい……別にそこまで気にする必要もないと思いますが」
「いや、文化祭中に宣伝の音楽を校内放送で流したいってやつが何人かいてな。それが美術部の展示の周りでポップミュージックが流れてたらなんか違うだろ。それに、今回とは別にやり方のマニュアルやノウハウを積み立てるのはやっといた方がいい。設備としては出来るみたいだしな」
シロハは「真面目なことで」と皮肉のようなことを言いながらとてとてと俺の後ろを歩く。
「次に開会式を無くす相談を先生方にです」
「上手くいけばいいんだけどなぁ。混雑の緩和という意味もあるし、何より直前の準備と噛み合わせが悪い。けど、教職員的にはそこを弄るのは嫌がるよな」
「前日に集会を開くのと、代わりに校内放送で開会の挨拶をするという形で収められたらいいのですけど。……まぁ、そこは生徒会長さんの腕の見せ所です」
「あとは何かあったっけ?」
「出し物やお店や展示の風紀チェックです。メイド喫茶をするとか、BL漫画を刊行するとか、そういうところがあるので実物を見に」
「あー、メイド喫茶は分からないけどBL漫画は問題ないぞ。俺が編集やってるからそこは平気」
「編集やってるんだ……。あとはゴミ箱をどうするかですね。前回ではフードスペースと別のところをハッキリ区切っていましたが、今回は部活動などからも出店をするところが増えて、フードスペース以外のところ……出来たら部室棟から食材等の搬入が容易なところに出店を出したいということなので。あと、当然スペースの問題と食材を保管するための冷蔵庫が足りてない問題がありますね」
「……今日やること多くない?」
「多いです。けど、先輩に頼まれたら断れないって人が多くて、先輩が顔を見せるだけで話がスムーズになるのでさっさと頭を下げてまわってください」
生徒会長って忙しいのな……と、ため息を吐くと、シロハは「前任の人みたいにしたらあの良い椅子に座ってられますよ」なんて皮肉を言う。
「……帰りに、東野の家にも行くかぁ」
と言うとシロハは露骨に嫌な顔をする。
「うぇ……な、なんでですか。僕、いやです。行きたくないです。中学のとき、生徒会への勧誘がしつこかったですし、書記の子にも高校で同じような感じで誘って生徒会に入ったら告白してますし」
「いや……まぁ、それは……ほら、普通に下心なしで誘って、その後に恋したのかもしれないし。それに、それはそれとして学校もちょいちょい休んでるみたいだしな。俺のせいで居心地悪いならなんとかしてやりたい」
廊下を歩きながら「まぁ、俺ひとりで行くよ」と言うとシロハは「補佐なので着いていきます」と首を横に振る。
いや……本当に中学生のころ、東野がシロハに恋心を抱いていたのだとしたら、生徒会長の座を奪った俺がシロハを連れて東野の家に行くのはめちゃくちゃ残酷なのではないだろうか……?
「……俺ひとりで行くよ。いや、マジで。またぶん殴られるかもしれないし。巻き込みたくない」
「この前みたいに殴られるかもしれないと思ってるのに、よくいきますね」
いや、まぁ……結構痛かったし、龍滝連れて行こうかな。あいつ、やたら強いし。
「まぁ、とにかく、東野の学校での居心地が悪いのは解決したい。あまりよくないところもあるやつだけど、それはそれ、これはこれ、だ」
「……本当に、ダメ人間に対して甘いです。僕、嫌ですからね、東野先輩が恋敵になるの」
「俺、ダメ人間だったら誰でも口説くと思われてる……?」
「違うんですか……?」
違うよ……?
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